米国ジョージア州の沼地で狩りをする黒のラブラドール・レトリバー。米国では愛犬の犬種と健康上の懸念について教えてくれるかもしれない消費者向けのイヌの遺伝子検査サービスが急増している。(PHOTOGRAPH BY KEITH BARRACLOUGH, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

私の愛犬は致命的な病気にかかりやすいだろうか? 保護した子イヌはビーグルだろうか、ボクサーだろうか? 多くの人がこうした疑問への答えを求めた結果、消費者向け(DTC)のイヌの遺伝子検査サービスが米国でブームになっている。

このサービスはどの程度信頼できるのだろうか。愛犬の唾液を拭き取った綿棒を郵送するのは簡単だが、得られた情報にもとづいて何らかの行動をとるか否か、行動するとしたらどのように行動するかは、科学者にとっても飼い主にとっても難しい選択になる。

必要な遺伝子検査はあるものの

イヌとオオカミが分岐した時期は、約2万3000年前とも約1万3000年前とも言われている。いずれにせよ、人類による家畜化はイヌに消えない刻印を残した。望ましい身体的および行動的特徴をもつイヌたちが慎重に交配された結果、世界中で400近い犬種が生み出されている。

科学者たちは2004年に初めてイヌのゲノムをすべて解読した。それ以来、イヌの腎臓がん、網膜萎縮、股関節形成不全などの疾患に関わる遺伝的な素質について、多くの事実が明らかになった。

2018年の第142回ウェストミンスター・ケネル・クラブ・ドッグショーに出場する前に入浴するイングリッシュ・スプリンガー・スパニエル。人類はこれまでに400近い犬種を作り出してきた。(PHOTOGRAPH BY DINA LITOVSKY, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
2018年のウェストミンスター・ケネル・クラブ・ドッグショーに出場する前にヘアスプレーをかけられるミニチュア・プードル。(PHOTOGRAPH BY DINA LITOVSKY, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

2023年には100万匹以上のイヌを対象とする大規模な研究で、250の遺伝子変異のスクリーニングが実施された。その結果、57%のイヌに疾患に関連する遺伝子変異が少なくとも1つあり、遺伝的多様性が低いイヌほど健康上の問題が生じる可能性が高いことが明らかになった。

ほとんどのイヌが高度に近親交配されていることも判明している。2021年に行われた研究では、227の犬種の全体にわたり近親交配が多いことが明らかになり、近親交配が少ないイヌはより健康であることが示唆された。

多くのブリーダーや獣医師は、純血種のイヌの潜在的な問題を防いだり発見したりするために遺伝子検査を行っている。また、多くの獣医師が、シェパードを祖先にもつミックス犬や純血種のシェパードの飼い主に対して、イベルメクチンなどの一般的な動物用医薬品を投与したときに神経症状を引き起こす可能性のある遺伝子を調べる検査を勧めている。

とはいえ、愛犬の潜在的な健康問題について検査をするかどうかの判断は、最終的には飼い主に委ねられている。

血統の評価を検証してみた

人間によるイヌのDNAへの干渉といえば、ずっと犬種の多様化(あるいはイヌの多様性の欠如)を進める交配だった。だが近年は、犬種に特有の健康と行動の問題を懸念する飼い主や、愛犬の犬種や血統を確認したい飼い主の間で、消費者向けの遺伝子検査サービスがブームになっている。

これはイヌのDNAの配列を調べて、特定の犬種のデータセットと比較する形で行われている。

イタリアでヤギの群れを守る白のマレンマーノ・アブルッツォ・シープドッグ。イヌと人間は1万年以上前から一緒に働いてきた。(PHOTOGRAPH BY GIUSEPPE NUCCI, NATGEO IMAGE COLLECTION)

犬種の特定は容易に見えるかもしれないが、それほど単純ではない。米国獣医学協会誌「Journal of the American Veterinary Medical Association」の2024年4月号に発表された論文では、イヌのDNAサンプルと写真から犬種を判定する遺伝子検査サービスの精度が調べられている。論文の共著者であるコロラド大学の生物医学情報学教授のケイシー・グリーン氏は、「結果はまちまちでした」と言う。

研究チームは、12匹のイヌの写真とDNAを6つの遺伝子検査サービスに提出した。どのイヌも純血種で、アメリカン・ケネル・クラブのしっかりした血統書があるため、犬種は確実に分かっている。研究チームは、イヌの写真が各社の判定に影響を及ぼすかどうかを確認するため、一部のイヌについては別のイヌの写真を提出した。

返ってきた結果を見ると、ほとんどの検査が犬種を正確に判定できていた。ただ、6社のうちの1社は、チャイニーズ・クレステッド・ドッグをブリタニー・スパニエルと誤判定していた。

体毛がほとんどない犬種を長毛種としたのは、おそらく写真だけを見て判定したせいだろう。他の5社は犬種は正しく判定したが、以前の世代での交雑を示唆するDNAに基づいて、イヌの「祖先」の犬種についてはしばしば異なる判定をした。

研究チームは、消費者向け遺伝子検査サービスには業界の標準がなく、少なくとも1社がDNA分析ではなく写真にもとづいて判定を行っていたことを考えると、獣医師もペットの飼い主も、こうしたサービスは慎重に利用するべきであると結論づけた。

1947年に描かれた、さまざまな毛色のアメリカン・コッカー・スパニエルの肖像画。(ILLUSTRATION BY WALTER A. WEBER, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
こちらも1947年に描かれた、野原で獲物を狙うワイマラナーとジャーマン・ショートヘアード・ポインターの肖像画。どちらもドイツで作られた犬種だ。(ILLUSTRATION BY WALTER A. WEBER, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

犬種とは「驚くほど複雑な問題」

「犬種は驚くほど複雑な問題です」と、この研究を主導した米スミス大学計算機科学科のヘイリー・ランドー助教は言う。広く受け入れられている犬種はDNA分析が登場する前の時代に定義されたものであり、遺伝子検査の結果は飼い主の考えとは相いれない場合があると指摘する。

ミックス犬の遺伝子検査については、また別の問題がある。遺伝子検査サービスは、犬種があらかじめ特定されているイヌの遺伝子の情報に依存しているからだ。

「消費者が信用してよいのは、透明性が高く、多様なDNAパネルを持っている検査会社です」とグリーン氏は言う。氏は消費者に対し、検査会社とその検査内容についてよく調べてからサンプルを提出すること、そして、ミックス犬がどの犬種の血をひいているかを知りたいなら、検査会社が使うDNAの情報に、自分が予想する犬種が含まれていることをしっかり確認するよう勧める。

英スコットランドのムーアでのライチョウ狩りに参加するイエローのラブラドール・レトリバー。(PHOTOGRAPH BY JAMES C. RICHARDSON, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

「犬種と性格」は当てにならない

愛犬の犬種について正確な情報が得られたとしても、その行動(性格)には、あなたが考えているほどの一致はないかもしれない。2022年に行われた2000匹以上の純血種とミックス犬の遺伝子分析では、イヌの行動特性は個体差が大きく、「この犬種はこういう性格」という俗説はあまり当てにならないことが明らかになった。

近年、特定の犬種を危険なものとして飼育を制限する傾向が高まっていることを考えると、消費者向けの遺伝子検査サービス市場が広がると、犬種に関する固定観念が永続化するおそれがある。ランドー氏とグリーン氏は、消費者向け遺伝子検査サービスは、人々の住居や保険加入の選択、さらには、条例で飼育が禁止されたり保険で不利になったりする犬種との暮らしにかかわる意思決定に「社会的・経済的な影響」をもたらすだろうと予想している。

「愛犬について知るのは楽しいことです」とランドー氏は言う。けれども、今日の遺伝子検査サービスは始まりにすぎないと付け加える。娯楽的なものから重大な結果をもたらすものまで、イヌのDNAが私たちに何を教えてくれるはまだわからない。

文=Erin Blakemore/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年4月13日公開)

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