先日、米ニューヨークのワシントンスクエア公園で開催された「ティモシー・シャラメそっくりさんコンテスト」には、数千人の人々が集まり、警察も出動するほどの大騒ぎとなった。人気俳優に驚くほど似ている人たちが、なぜ大勢存在するのだろうか。そして、血縁関係がないにもかかわらず、生き写しと思われるほどよく似ている人々の遺伝子は似ているのだろうか? はたして性格は? 行動はどうなのか? など、この機会にそっくりな人を研究してわかったことを紹介しよう。
一卵性双生児と区別できないほど似ている人々
スペイン、ホセ・カレーラス白血病研究所に所属する分子遺伝学者マネル・エステラー氏は、フランス系カナダ人の写真家フランソワ・ブルネル氏が、「他人の空似」の人々を対象に1999年から撮影を続けているシリーズ写真に登場するそっくりな人たちの遺伝子を調査した。
エステラー氏は、ブルネル氏の被写体となった世界中の人々から、口内ぬぐい液を送付してもらうという方法で遺伝子サンプルを収集した。エステラー氏のチームは、4年をかけて遺伝子データの収集と関連付けを行い、2022年8月に学術誌「Cell Reports」に論文を発表した。
彼らはまず、写真の被写体となったそっくりな人のうち、特によく似ている人物を特定した。
「特定の方法は、非常に客観的でした」と氏は言う。「そっくりな人たちを、警察や空港で使用されているものと同じ、3つの顔認識アルゴリズムにかけたのです」。そしてアルゴリズム上、本物の一卵性双生児と区別のつかなかった人々が、より詳細な研究の対象として選ばれた。
研究チームは、こうして選抜されたそっくりな人ペアのゲノムのほか、エピゲノム(遺伝子のオン・オフに影響を与えるDNAの化学的な修飾)や微生物叢(そう)を直接比較した。
エステラー氏が出した結論は、互いに無関係なそっくりな人同士は、エピゲノムと微生物叢は完全に異なっている一方で、遺伝子構造の特定の部分を共有している、という事実だった。
氏によると、骨の構造、肌の色素沈着、水分保持などの特徴を制御するDNAの配列は、いずれも人間の顔の見た目に影響を与えるという。ヒトゲノム上において、これらの遺伝子にはDNAの一つひとつが人によって異なる「一塩基多型」の領域があるが、そっくりな人たちは互いに同じ並びを共有していた。
遺伝子の比較により、研究対象となった「超そっくりさん」たちには血縁関係がないこと、また彼らの外見とゲノムの類似性は、純粋に偶然の産物であることが確認された。
結局のところ、人間の顔の形には限りがあると、エステラー氏は指摘する。「世界には非常に大勢の人が存在するのですから、遺伝子の型を多く共有する人たちが現れるのは自然なことです」
エステラー氏は、互いに外見が似ている人々が特定の遺伝子を共有していることを証明し、顔認識技術で小児遺伝性疾患を早期診断できるようにして、診断科学の発展に寄与したいと考えている。
では性格は?
ブルネル氏の写真プロジェクトを元に研究を行ったもうひとりの科学者が、米カリフォルニア州立大学フラトン校の心理学教授で、「双子研究所」の創設者兼ディレクターでもあるナンシー・シーガル氏だ。氏は主に双子を対象に研究しているが、ブルネル氏のプロジェクトについて知った際、これはささやかながらも活発に議論が行われているある科学論争に決着をつけるいい機会だと考えたという。
「一部の科学者は、双子の性格が似ている理由を、遺伝的な共通性によるものではなく、外見が似ているせいで人々が彼らを同じように扱うためだと考えています」と氏は説明する。もしその意見が正しいのであれば、「写真に写っている互いに無関係なそっくりな人たちも、別々に育てられた一卵性双生児と同じくらい性格が似ているはずです」
シーガル氏は、ブルネル氏の被写体の中から候補者を募り、そこにキャンパスや学会などで偶然見つけた何組かのペアも加えて、彼らに性格についての質問票を渡し、外向性、神経症傾向、誠実性、協調性、開放性(いわゆる性格の5大因子)を測定した。その後、得られたスコアを、離れて育てられたケースを含むさまざまな双子たちのグループと比較した。
その結果、シーガル氏の予想通り、単なる見た目のそっくりさと性格の間に関連はなかった。一方で双子の場合は、統計的に性格的特徴を共有する可能性がより高いことがわかった。
また、被験者の自尊心の測定においても、互いに無関係のそっくりな人同士には類似が見られなかった。
行動はどう?
エステラー氏の研究に参加したそっくりさんペアには、顔以外にも似ているところがあった。骨の長さを制御する遺伝子のおかげで、彼らは歩き方も似ている可能性があるのだ。
「一方が喫煙者であれば、もう一方も喫煙者であることが多いです」と、エステラー氏は言う。なぜなら、依存的な傾向は、利き手や近視と同じく、遺伝の影響をより受けやすいからだ。
ティモシー・シャラメのそっくりさんは、歩き方や声が本人と似ている可能性はあるが、必ずしも同じようなカリスマと才能を持っているとは限らない。
たとえ自分のそっくりな人を見つけたとしても、「多くの人はがっかりするでしょう。なぜなら、だれかと見た目が似ているからといって、それは性格まで似ていることを意味しないからです」とシーガル氏は指摘する。
自分のそっくりな人に惹かれる気持ち
ブルネル氏との写真撮影セッションで一度は顔を合わせているものの、エステラー氏やシーガル氏の研究に協力した際には、そっくりさんペアの作業はリモートで行われたため、ふたりの間の関係性は研究対象に含まれなかった。
しかし、おおざっぱに言えば、人間は自分と似た人たちに惹かれる傾向にある。「人は皆、類似性を渇望するという意味で、これは人間の本質を物語っていると考えられます」とシーガル氏は言う。「われわれは自分と似たものを求めます。幼い子どもが想像上の友人を持つ場合、それは必ず本人に似ています」
エステラー氏によると、ブルネル氏の写真プロジェクトに参加したそっくりな人同士がカップルになり、結婚した例もあるという。
もしかすると、「ティモシー・シャラメそっくりさんコンテスト」の参加者の中にも、たとえ優勝賞金は逃しても、それ以上にすばらしい「友情」という賞品を手に入れた人たちがいたのかもしれない。
文=Allegra Rosenberg/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年11月7日公開)
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