京都大学の斎藤通紀教授らはヒトのiPS細胞から卵子や精子のもとになる細胞を大量につくる技術を開発した。卵子や精子ができる仕組みや不妊症の原因を解明する研究に役立つ。今後、人工的に卵子や精子をつくれるようになる可能性がある。
ヒトの体内では卵子や精子のもとになる細胞は胎児の段階でできる。受精後約2〜3週間で生殖細胞のもとになる「始原生殖細胞」ができる。さらに、始原生殖細胞は同約10週間までに女児では卵子のもと「卵原細胞」、男児では精子のもと「前精原細胞」になる。出生後、性成熟すると卵子や精子が体内でつくられるようになる。
斎藤教授らの研究チームは体の様々な細胞になれるヒトのiPS細胞からつくった始原生殖細胞をもとに、卵子や精子のもとを大量につくる技術を開発した。これまで、マウス胎児の卵巣細胞などと混ぜて培養する技術はあったが、5000個の始原生殖細胞からつくれる卵原細胞が約500個にとどまり、作製効率が非常に低かった。
新たな技術では始原生殖細胞を培養する際、細胞の増殖や変化を促すたんぱく質を与えることで、マウスの細胞を使わずに卵原細胞や前精原細胞をつくれるようにした。
4カ月ほどの培養で細胞を100億倍以上に増やすことができ、始原生殖細胞が卵原細胞や前精原細胞に変化する様子も詳しく観察できるようになった。研究成果は英科学誌「ネイチャー」電子版に掲載された。
不妊症では何らかの原因で卵子や精子が正常につくられなくなっている場合がある。斎藤教授は「今回開発した手法は生殖細胞の分化がうまくいかない原因を解明する研究を加速する」と話す。卵子や精子のもとになる細胞を大量に作製できるようになると、遺伝子の働きなどを解明する実験を進めやすくなる。
将来的にヒトのiPS細胞から卵子や精子をつくる研究にもつながる。すでにマウスではiPS細胞から卵子や精子をつくる技術がある。大阪大学の林克彦教授らは2023年、オスのマウスのiPS細胞から卵子をつくり、別のオスの精子と受精させることで、オスのマウスだけから子どもを誕生させることにも成功した。
ただ、ヒトとマウスでは卵子や精子ができる仕組みが大きく異なる。まだヒトの卵子や精子をつくる技術は実現していない。卵原細胞や前精原細胞を卵子や精子に成長させる技術の研究にも、斎藤教授らの研究成果は役立つ。
現状では技術的な課題がまだ多いが、ヒトのiPS細胞から人工的に卵子や精子をつくれるようになれば、それらを受精させる基礎研究も実施できる見通しだ。政府の生命倫理専門調査会は24年1月、受精させる基礎研究を容認する方針を決めた。現在は国の研究指針で禁止しているが、指針の見直しに向けて議論する。
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