東京の公道を使ってFIA フォーミュラE世界選手権が初開催された(写真:Jaguar)

日本で初めて「フォーミュラE」が開催された。“電気のF1”とも呼ばれるレースで、2015年シーズンに始まり、今季で10季目。世界中を転戦するまでに成長したシリーズだ。

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東京のレース「東京E-Prix」が開催されたのは、2024年3月30日。場所は有明だった。

このレースのおもしろさは、公道も使う都市型であること。レース自体は1時間とかからず、わりと気軽に観戦できる(チケット入手は困難だったようだけれど)。

バッテリー駆動のシングルシーターマシンを使い、レギュレーションも厳格。BEVの特徴を生かしたレースに、「こんなに興奮するとは思わなかった」と初めて観た人たちは口を揃えるように言う。

コースは、ジャパンモビリティショーの会場にもなった東京ビッグサイト周辺を使い、1周2.582km。そこを33周して競う。コーナー数は18におよび、「多いなぁ」とつぶやくチームもあった。

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事前のシミュレーション「できる」と「できない」

本戦は土曜日で、気温は25℃という春らしからぬ高さ。前日の午前中は雨。しかも強い風にあおられて、傘が役に立たないほどだった。

「コースのアップ・アンド・ダウンなどは、LiDAR(ライダー=光による検知と測距)によるデータが各チームに配られ、それをもとにシミュレーションを行いますが、路面の摩擦係数などは、実地で測定してみないとわからない。雨だとそれができないのがつらいですね」

ジャガーTCSレーシングの広報担当者は、そう話してくれた。

当然であるが、路面はわれわれが普段、クルマで走っている路面そのもの(写真:Sam Bloxham/FIA)

フォーミュラEの開催意義については、いろいろな理由が挙げられているが、モータースポーツファンの立場からいうと、“見応えあるレース”である。最高出力は決められているし、車体もフロントサスペンションも11チームみな共用で、タイヤも同じ(しかも基本的に交換なし)だ。

以前は「ファンブースト」といって、観戦者が自宅のコンピューターで専用画面の「オーバーテイクボタン」を押すと、押された回数の多い上位5名のドライバーが“5秒だけオマケのパワーをもらえる”といった仕掛けがあった。しかし、2023年にはそれも廃止され、いまやキワモノ的な部分はない。

東京でのレースにはもうひとつ、興味をひかれることがあった。第3戦のディルイーヤ(サウジアラビア)で1位だったジャガーTCSレーシングをはじめ、それまでの4戦を通じて2回優勝したチームがない(ポイント獲得ランキングではジャガーが1位)という状況だったのだ。

 参戦100戦目となるジャガーTCSレーシングのマシン(写真:Jaguar)

コースは「抜けるポイントがほとんどない」(関係者)とされ、果たしてどうレースが展開するのだろうと、ますますレースへの興味をかきたてられたのだった。

一時的なパワーアップ「アタックモード」をどう使うか

東京での第5戦でポールポジションを獲得したのは、2018-19年シーズンから参戦している日産フォーミュラEチーム(ドライバー:オリバー・ローランド)だった。

マヒンドラ(同エドアルド・モルタラ)と、マセラティMSGレーシング(同マクシミリアン・ギュンター)が、残りのマシンを引っ張る形でレースはスタート。中盤になると、ローランドとギュンターがレースを大きくリード。後半は日産とマセラティの一騎打ちの様相となった。

日産は日本のメーカーとして唯一の参戦となる(写真:Alastair Staley/FIA)

フォーミュラEがおもしろいのは、「アタックモード」。特定のコーナーの外側にレーン(アクティベーションゾーン)が設けてあり、そこを通るとパワーアップ(300kWから350kWへ)ができるというものだ。アクティベーションゾーンを通過すると、2分と6分、あるいは4分ずつ、計8分のアタックモードが使えるようになる。

ポイントは2つあり、ひとつはアクティベーションゾーンが“理想的なコーナリングラインの外側”にあること。パワーはもらえるが、そのときはタイムが落ちる。もうひとつは、レース中に2回、ここを通過することが義務づけられていることだ。

つまり、いつアクティベーションゾーンを通過し、またどのタイミングでアタックモードを使用するかが勝敗に大きく影響する。

日産のローランドは、マセラティのギュンターのスリップストリームに入ったあと、アタックモードでパワーアップを図ったが、それでもギュンターに追いつけず、これも見せ場に。そのままトップがギュンター、コンマ3秒遅れてローランドという状態が続いた。

ストレートでローランドは何度かギュンターを抜こうとし、そのたびに私たちは「おおっ!」と声をあげたものの、「今季はまだ効率とエネルギー密度でトップチームに追いつけていない」という日産フォーミュラEチームの西川直志チーフパワートレインエンジニアが私に語ってくれたとおりなのか、どうしても抜くことができない。

途中の事故でイエローフラッグが出たため、2周追加されて35周となった東京での第5戦は、マセラティMSGレーシングが今季、初優勝を飾った。

マセラティMSGレーシングのマシン(写真:Alastair Staley/FIA)

「2028年に量産車ラインナップのフル電動化をめざす私たちにとって、フォーミュラEでの勝利は将来につながるもの」と、レース直前にマセラティ・コルセ統括責任者であるジョバンニ・トンマーゾ・スグロ氏が語ってくれたが、まさにその願いがかなった形となったのだ。

東京での第5戦の順位は、1位ギュンター(マセラティ)、2位ローランド(日産)、3位デニス(アンドレッティ)、4位ダ・コスタ(ポルシェ)、5位ウェーレイン(ポルシェ)、6位ナト(アンドレッティ)、7位ミュラー(ABTクプラ)、8位キャシディ(ジャガーTCSレーシング)、9位フラインス(エンビジョン)、10位カマラ(ERT)。

マセラティMSGレーシングの勝利を祝う表彰台の様子(写真:Simon Galloway/FIA)

ロンドンでの観戦を通じて

私が最初にフォーミュラEを観たのは、2022-23年シーズンのロンドンだった。昨シーズンである。ロンドンのウォーターフロント再開発地区にあるエクセル展覧会センター(ExCel London)周辺で、シーズン最終になる第15戦と第16戦が行われ、それを観たのだ。

このシーズンは、マシンが第3世代になり、レース自体も時間制でなく周回数が決められるなど、いくつもの変更があったとき。シーズン中盤からジャガーTCSレーシングが調子を上げ、ロンドンでエンビジョンレーシングとの優勝争いとなっていた。

おもしろかったのは、エンビジョンのパワートレインもジャガー製だったことだ。結局、15戦はジャガーのミッチ・エバンスが制したが、翌日同じ場所で開催された最終戦(第16戦)はエンビジョンのニック・キャシディが勝利し、果たしてエンビジョンレーシングが選手権を手中におさめた。観ていて、私もかなり興奮してしまった。

今季は、そのエンビジョンレーシングでドライバーを務めたニック・キャシディが、ジャガーTCSレーシングに移籍。エバンスとタッグを組むことになったのだった。

ニック・キャシディは日本のスーパーGT選手権に参戦した経歴も持つ(写真:Simon Galloway/FIA)

東京の前にサンパウロで開催された第4戦の結果、キャシディがドライバーズポイント最多の1位、ジャガーTCSレーシングはチームランキングで1位。それで東京での第5戦に臨むことになっていた。

プレミアムBEVブランドとなるジャガーにとって

ジャガー(ジャガーTCSレーシング)がフォーミュラEに初参戦したのは、2016ー17年。レースからの撤退を決めたトゥルーリチームを買い取っての参戦だった。

このときジャガーの経営陣の念頭にあったのは、量産車とのイメージのつながりをもたせることだっただろうか。バッテリー駆動のSUV「I-PACE(アイペース)コンセプト」が発表されたのは、2016年11月のロサンゼルス自動車ショーだった。

I-PACEは東京E-Prixのコースカーとしても活躍した(写真:Jaguar)

「技術の分野では、I-PACEにフォーミュラEで試した(重量エネルギー密度の高い)シリコンカーバイドの駆動用バッテリーを搭載するという形で関連性を持たせられたし、一方でマーケティング面でも、I-PACEのセールスにイメージ的な貢献が得られました」

そう語ってくれたのは、ジャガー本社で広報を担当するグローバルヘッド・オブ・PRのケン・マコノミー氏だ。今ジャガーは、2025年にまったく新しい、一説によるとベントレーとの競合になるようなプレミアムクラスのBEVブランドになるともいわれている。

「参戦時にはそこまでのブループリントは念頭にありませんでした」と、マコノミー氏。しかし、結果的にジャガーは2024年6月にはICE(エンジン搭載車)の生産をやめ、2025年からバッテリー駆動車専門のブランドになるとしている。

フォーミュラEを続けているうちに社の方針が決まっていったというのは、世の流れをうまく読んだというべきか。あるいは、自社の向かう方向をとうに見定めていたというべきか。

2024年、東京でのレースに臨んだジャガーTCSレーシングはチームランキングで1位。ドライバーのニック・キャシディはドライバーズポイントで1位、チームメイトのミッチ・エバンスは3位という好成績だった。

参戦100戦目を経たこれから

私は今回の第5戦を、ジャガーTCSレーシングとともにした。準々決勝、準決勝と決勝を前に行われたラップタイム(コースを1周する時間)によるスタート順位決定の過程では、ニック・キャシディは19位、ミッチ・エバンスが9位。

実は、キャシディは準決勝で6位の成績を上げたものの、技術規定違反でベストタイムが抹消され、19位からのスタート。エバンスは他車への妨害行為が指摘されて、やはりグリッド順位が下げられてしまったのだ。なにが起こるかわからないのが、レースである。

東京湾を望むコースは道が狭くテクニカルであった(写真:Simon Galloway/FIA)

「東京のような幅の狭いコースではスタート順位が結果に影響する」とチーム内での会話が聞こえてきたが、ロンドンなどではクラッシュが多く、順位が大きく入れ替わったのを観ていたし、エバンスはフリー走行時にトップタイムを記録するなどしていたので、期待は持っていた。

結果的にキャシディは8位(先行したマヒンドラが失格となったので9位から繰り上がり)、エバンスは15位でフィニッシュ。

「東京のレースは大変だったが、フォーミュラE参戦100戦目となる節目のレースで、ジャガーTCSレーシングは1位を守ることができ、ニック・キャシディは(1位になったポルシェのウェーレインの63ポイントに対して)61ポイントで2位、ミッチ・エバンスも6位につけていて、リードを保っている」

ジャガーのマシンには100戦目を記念した「100」の文字が入っていた(写真:Jaguar)

ジャガーTCSレーシングは上記のように発表。さらにビッグサイトの会場で、レースのあと「(4月13日と14日の第6戦、第7戦である)イタリア・ミサノでは期待していてほしい」とジャガーTCSレーシングの関係者は言っていた。

こんな抱負を聞いていると、これからも盛り上がりが期待できるフォーミュラEである。

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