かつて日本車はさまざまな外車を模範としつつ、欧米のクルマに負けないレベルに発展してきたワケだが、そんな日本車が師と仰ぐと“思われる”クルマを勝手に紹介するっ!!(本稿は「ベストカー」2013年6月26日号に掲載した記事の再録版となります)
構成:編集部
■ファミリア パルサー プリメーラの「師」となったのは?
戦後、日本車で欧米などのクルマに似たデザインはあったが、それはデザイン自体を模倣したのではなく「コンセプトや商品性、あるいは商品要件を取り入れるケースがほとんどだ」と言うのは「デザイン水かけ論」でおなじみの前澤義雄氏。
では具体的にどうか? そのへんの事情を前澤氏に聞いた。
●師匠=ルノー5、プジョー205/弟子=マツダ・ファミリア、日産パルサー、三菱ミラージュ
「コンパクトファミリーカーの要件としてのルノー5は、5代目ファミリア、初代ミラージュ、3代目パルサーなどの手本となったモデル。
なかでも5代目ファミリアは、個性的な魅力を備えたモデルといえる。また、よりスポーティに仕立てたモデルとしてのプジョー205は、ワンダーシビックやコルサなどに影響を与えた。
そういう意味では、これら国産車がルノー5やプジョー205を師と仰いだといえることもタシカ」
最近の日本のFF、2ボックスのコンパクトカー発展の陰にこうした師弟関係があったんですなあ!
●師匠=プジョー405、アウディ80/弟子=初代プリメーラ、オペル・ベクトラ
じゃあ、セダンはどうか?
「現代の欧州ミドルクラスの要件を的確に備えたプジョー405やアウディ80~A4は欧州戦略車のプリメーラやオペル・ベクトラに取り入れられて“似ている”といわれた。が、それは小外寸/大空間/好空力/軽量/低コストなどを共に追求された結果である」と前澤氏。
前澤氏も言うようにそのコンセプトの近さからして、初代プリメーラがプジョー405のデザインと近いものになったのは必然の流れだが、欧州COTYを獲得した405が欧州ミドルクラスのベンチマークとして“師”と仰がれたといってもやはり過言ではないのだ!
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