会社員人生38年のうち海外駐在は20年以上で、最後の15年は新興国で過ごしてきた。ブラジル、チリ、ペルー、コロンビアといった国々の人々に囲まれ「その状態が楽しかった」。危機に対してアドレナリンが出るタイプだという(記者撮影)認証不正で全車種出荷停止という前代未聞の事態を引き起こしたダイハツ工業。不正が起きた認証部門の人員強化など再発防止策をまとめ、国土交通省から受けた出荷停止処分も4月19日に全27車種で解除された。ただ、毀損したブランド力の回復も含めた経営再建はこれからだ。2月に親会社のトヨタ自動車の中南米本部本部長からダイハツ社長に就任した井上雅宏氏が、報道各社のインタビューに応じ、再発防止策や経営戦略の方向性について語った。

まじめであるが故に背伸びした

――就任後2カ月が経ちましたが、ダイハツの課題をどう見ていますか。

いい驚き、発見がたくさんあった。まじめな人が多く、軽自動車という限られたサイズの中で、どれだけいい車をつくれるのかという歴史と情熱に大変驚いている。一方、まじめでありすぎるが故に背伸びした部分があった。無理だと言わなきゃいけないにもかかわらずできなかったのは、縦割り組織や機能軸が強すぎた部分があったと改めて認識した。

今は経営改善、風土改善を進めている。例えば、統括部長と統括副部長を5月1日から廃止する。部長以上で5階層あった階層を3階層にする。そうすることで決裁レイヤーを減らす。

――生産や開発はどのように再開していきますか。

今期も厳しい年になる。生産を再開したいが、お客様にお買い求めいただいて、初めて生産につながる。受注が従来通りいくとは思っていないし、日本で失った信頼もある。取り戻すことは大変だと思う。短期的には信頼、安心を取り戻すべく取り組みを続けていく。

開発面では、将来を見通すと脱炭素、電動化の問題がある。さらにこれからは環境に加えて、安全規制も進んでいく。それらに適合する車を開発することだけでなく、電動化という大変(負担が)重い、時間のかかる開発を伴う。

そこでダイハツ単独なのか、トヨタにどこで力を借りるのか、小型車ならダイハツの力をお貸しするのか、こういう議論を始めるところだ。年内にはある程度の方向性を決めていきたい。

――ダイハツがトヨタグループで担う東南アジアや南米などの新興国市場は今後の成長性も見込まれます。

ダイハツ単独ではなくて、トヨタの強み弱みも見ながら、技術を組み合わせながら戦っていく。特にEV(電気自動車)、プラグインハイブリッド(PHV)、ハイブリッド車(HV)など、電動化の要請は各国政府から非常に強いものがある。新興国は東南アジアだけではない。ダイハツの良品廉価なものづくりは新興国に対してど真ん中のストライクゾーンに剛速球を投げられるくらいのマッチングがある。

10年20年30年のスパンで考えると、グローバルで1億台の新車市場、20億~30億台の保有市場で、新興国の比重が高まっていくことは疑いようがない。そこで脱炭素に対応した車を出せるという点で、グループとしていい貢献ができると考えている。まずはお客様の安心安全を取り戻すのが第一歩だが、次の一手は新興国開拓でこの会社のポテンシャルを使わないことにはもったいない。

――具体的にどの市場を狙っていきますか。

世界地図を見たときに、スペースがあるのは南米とアフリカだ。1.2~1.5リッター前後の小型車は十分に可能性がある。いずれもヨーロッパと似た町のつくりになっており、狭い道も多い。良品廉価な車を供給できれば、市場はあると思っている。

日本の小型車市場は縮小していく

――日本市場で約4割を占める軽自動車もダイハツにとっては欠かせません。

日本の新車市場は500万台、うち軽自動車は185万台程度だ。ダイハツはこのうち65万台くらい。ただ、今の水準をキープし続けるのは相当大変だ。長期的には少子高齢化も進んでいくので小型車全体の市場も縮小していくのではないか。

――軽自動車は、一般の乗用車に比べて採算が厳しいとされます。

確かにそうだ。ただ、われわれの生産販売規模200万台のうち国内半分、海外半分だ。国内の新車はあまり儲からないが、補給部品やアクセサリーなどで採算をプラスに持っていっている。小型車が軸の海外は比較的いい収益だ。

その中で、国内市場が減るとますます厳しくなるので、その分を海外で稼げるようにしていくのが好ましいと思っている。伸びない市場にどんどんモデルを投入して突っ込んでいっても総量が増えず、繁盛貧乏になっていく。お客様のニーズを捉えて、いいタイミングで変えていくことが大事になる。

いのうえ・まさひろ/1963年9月生まれ。1987年同志社大学経済学部卒業、トヨタ自動車入社。2007年米州営業部室長、2011年ブラジルトヨタ副社長、2014年トヨタ自動車第2トヨタ企画部室長などを経て、2019年に中南米本部長。2024年2月より現職(写真:風間仁一郎)

――ダイハツはよく良品廉価と言いますが、トヨタとの違い、強みをどのように認識していますか。

簡単に言うと、ダイハツは日本の軽自動車から「ライズ」やインドネシア向けの「ヤリスクロス」といったBセグメントのモデルを造っている。トヨタは(小型の)Bセグメントの車を開発する場合、基本的には(中型の)Cセグメントの車種から部品転用をする。安いところから上位のセグメントを造るのか、上のセグメントから小型セグメントの車を造るのかがダイハツとトヨタの違いだ。

――ものづくりのアプローチも異なるということでしょうか。

例えば、パワーステアリングをトヨタとダイハツがつくるとなると、ダイハツは軽用から強化して小型車用を作り込む。トヨタは逆だ。そうするとできあがった製品はまったく違うものになる。1つの部品が1000円、2000円の差でも複数の部品を積み上げていけば、台当たり2万円違う。2万円違えば、100万台で200億円、ダイハツは200万台つくっているので400億円くらい収益インパクトは異なってくる。ここにダイハツの強みがある。

超短期開発を諦めるのはやむを得ない

――認証不正では短期開発が原因として指摘されました。しかし、これがダイハツの強みとも言えます。短期開発を見直し、競争力をどのように維持していきますか。

2011年に発売した「ミライース」で実現した短期開発は本当にサクセスモデルになった。その強みは失ってはいけない。ただ、(2010年代半ば以降は)徐々にモデル数が増えて、小型車領域の開発生産も増えて、仕向先の国も増えていった。

開発、調達、認証、製造と各工程があるが、進捗が遅れてくると試作と認証にしわ寄せが発生し、負荷がかかってしまった。このため、対策として開発期間を1.4倍にすると決めた。法規認証部門の人員は6倍にする。他の部署からの増強も含めて順調に推移している。

ミライースのような短期開発にすぐ戻すことはできないし、再発防止のためには超短期開発を諦めるのはやむを得ない。やることは良品廉価の車を造ることだ。軽のいいものづくりをしっかりやって、部品単位で競争力が出れば、車全体で競争力を持たせることができる。ここを見失わずにやっていくことが最も大事で、新興国でストライクゾーンにボールを投げられる決め手になる。

――仕入れ先や販売店との関係性について、不正やその後の対応で信頼を失いました。

反省としては、販売店や部品メーカーとコミュニケーションを図ってはいるが遅かったり、タイミングが十分ではなかったりしていた。今はこの部分で非常に気を遣っている。正確に、いいタイミングで伝えないと、鮮度の落ちた情報を後々連絡をしてもまったく意味がない。

ダイハツの工場がある滋賀県竜王町。一時期、国内での車両生産が止まったことで地域経済も深刻な打撃を受けた(記者撮影)

直接関わる1次取引先、いわゆるティア1が600社ある。さらにその先にはティア2、ティア3がある。漏れないようにきっちりやっているが、コンタクト回数が少ないと不満もたまりやすい。できるだけ、あえてお声がけするようにしている。

販売店や仕入れ先には従来、年2回、年度方針説明と中間報告をしているがこれだけでは足りないと思う。さらに倍か、デジタル対応も含めて、頻度を上げて情報提供をタイムリーに行っていきたい。話す回数を増やすこと、お互いの顔を知り合うこと、信頼をつなぐことがコミュニケーションの根幹だ。

海外でも批判を受けたが、不正前の状況に戻りつつある

――インドネシアやマレーシアを軸に進めてきた海外戦略にも不正の影響は出ていますか。

ダイハツはざっくり200万台程度の製造販売規模がある。ブランドではダイハツ、トヨタ、さらにマレーシア向けであるプロドゥアの3つを展開している。当初は海外でも批判をいただき、不安も与えたが、現在はほぼほぼ不正前の状況に生産も含めてなりつつある。

インドネシアやマレーシアはダイハツとトヨタが50年前から開拓してきた。市場も保有台数も拡大してきたが、いまは中国や韓国メーカーも進出を狙っており競争は厳しくなっている。

――開発日程にも影響が出ているのでしょうか。

一番悩んでいて、難しいところだ。今ちゃんと答えられる内容はない。これまで準備してきたモデルと生産ラインの計画がある。ただ、不正の再発防止策で開発リードタイムを延ばしたので成り立っていない。何かを削る、何かをやめることになる。各地域の事業体とも話していくが、みなさん本当に困るという声が届いている。ここは優先順位を決めていきたい。

海外でも排出ガスなど環境関連の規制が厳しくなっていく。それに対応していかないと生産工場が止まる、仕入れ先が止まる、販売が止まることになってしまう。困っているところはトヨタの力を借りながら、最適解を年内に策定していきたい。

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