ハチロク」とカタカナで表記したなら、それはGR86ではなく、いにしえの4代目カローラレビン&スプリンタートレノ、AE86型のことだ。AE86型が新車で販売されていたのは今を遡ること41年前の1983年5月から1987年5月の4年間。そんなハチロクに令和の今、新たなるグレードが誕生したというではないか。それって、いったいナニゴト????? 

文/梅木智晴(ベストカー編集委員)、写真/奥隅圭之、ベストカー編集部

ハチロクにGRヤリスのエンジンを積んじゃったって、どーゆーこと?

 白黒ツートンのAE86型スプリンタートレノのボディサイドに描かれた「G16Eエンジン車(実験用)」の文字がやたらと目立つが、それ以外はちょっとローダウンされたハチロクで、「おっ、きれいにレストアされたハチロクだな!」ってな印象。

ほどよくローダウンされた、きれいにレストアされたAE86型トレノGTVといった佇まい。ベース車は初度登録1987年4月の最後期型だ

 でも……、言うまでもないんだけど、この「G16E」というのがミソ。これ、GRヤリスやGRカローラに搭載されている直列3気筒161ccエンジンの形式名だ。

 そう、このハチロク、G16EエンジンをNA化してスワップしちゃった、令和だからこそ生み出すことができた「新グレード」というワケなのだ。さすがに最高出力307ps、最大トルク40.8kgmを発揮するターボでは、ハチロク本来の魅力の「ほどよいパワーで軽快に走る」という部分が消えてしまうので、敢えてNA化したというのがポイントなのである。

未来永劫ハチロクを楽しむためのトヨタからの提案だ!!

 ところでこれ、いわゆる街中のショップがエンジンスワップしたのではなく、トヨタ自動車株式会社のGAZOO Racingカンパニーが企画し、制作したというところこそが重視したいポイント。そう、トヨタ本体の、しかもGRモデルの企画、開発の中枢が直接手を下したモデルだということ。だからこそ「令和に生まれたハチロクの新グレード」なのである。

横置き用のG16Eエンジンを縦置きのハチロクに搭載するため、クラッチハウジングを新設計。5速MTはAE86用オリジナルをそのまま使用する

 開発陣の思いはシンプル。オリジナルにこだわるという旧車の楽しみ方はもちろん最重要としながらも、ハチロクの魅力をこの先も味わい続けるためには、今後部品が枯渇していくことが確実な4A-Gエンジンに代わるパワーユニットを提案する。さらに燃費や排ガス問題といった環境負荷への対応を見据えると、新世代エンジンへの換装も現実的な対応策となる、というものだ。

 あくまでもハチロク本来の魅力を楽しむことが狙いなので、極力オリジナルを活かし、乗り味も見た目も大きくは変えない。NA化したしたG16Eエンジンのスペックは84 kW(114ps)/7000rpm、160Nm(16.3kgm)/3200rpmなので、ネット値の80~85%程度と言われた当時のグロス値で130ps/6600rpm、15.2kgm/5200rpmだった4A-GEエンジンとほぼ同等のパワー&トルクということになる。

リアハッチのデカールはオリジナルでは「GTV TWIN CAM16」だが「GTV TWIN CAM G16E」とされ、オリジナルの雰囲気を残しつつ違いをアピール

 エンジンパワーが大きく変わらないのでトランスミッションを含めたパワートレーン系はオリジナルをそのまま使用できる。車体の大幅な補強も不要なので軽量で軽快なハチロクのフットワークを損なうこともない。さらにコスト的にも安く仕上げられる。

 実際、G16E搭載車の車重は980kgで、オリジナルAE86トレノGTVの935kgに対し45kgの重量増で収めている。前軸種は530kg、後軸重は450kgなので、前後重量配分は54.1:45.9となる。

美しいタコ足が目を惹く。背の高いG16Eを収めるためバランスシャフトは取り去られた。3気筒のため全長は短く、オーバーハング重量は抑えられる

 そして注目なのが、これ、単なるコンセプト提案なのではなく、「いくらくらいだったら買ってみたいですか?」という開発陣の問いかけが示すように、本気でコンバージョンキットとして市販化を目指している、ということなのだ。

NAのG16Eは思った以上にしつけのいいフィーリングだった

 ステアリングコラムのキーホールにキーを差し込み右に2クリック捻る。なんか久しぶりだけど、ちょっと前までは当たり前だったエンジン始動の儀。“キュキュキュ”と軽快にセルモーターが回り、いとも簡単にG16Eエンジンに火が入る。

 当時のハチロクって、“ギュン、ギュン、ギュイイイイイ~ン”ってな感じで、ちょっとセルの回りが重く、ひと呼吸おいて4A-Gエンジンが目を覚ます印象だったから、一瞬“おっ?”と思った。3気筒NAエンジンはアイドリングが1000rpmとちょっと高め。やっぱりこれ以下だとちょっと振動が大きくなる。

ナルディのステアリングはノンオリジナルだが、メーターパネルやインパネはオリジナルのままで、経年劣化を感じさせない美しさだ

 ブリッピングするとアクセル操作に対するエンジンの反応はシャープで、特にアクセルオフ時の回転の落ちがストンと心地いい。敢えてスロットル制御を入れていないとのこと。エンジン本来のレスポンスが心地いい。

3気筒ならではの振動は若干感じるが、不快なほどではない。最高出力の114pは7000rpmで発生するが、トルクは3000~4000rpmがオイシイゾーン

 なるべくコストをかけず、つまりコンバージョンキットとして市販化が実現した際にはお安く提供できるよう、極力エンジン内部には手を入れていないのだという。えっ? ターボだったG16EをNA化しているのに、カムプロファイルはそのままで、ピストンヘッド形状も変更なし。さらに圧縮比もターボ仕様のままって、それで大丈夫なのだろうか?

 G16Eは87.5×89.7mmのロングストローク。さらにターボエンジンにもかかわらず圧縮比は10.5と高いため、NA化に際してもそのままで対応できたのだという。ちなみに4A-Gは81.0×77.0mmのショートストロークで圧縮比は9.4。ターボのG16EのほうがNAの4A-Gよりも圧縮比が高いということに40余年の内燃機関技術の進化を実感する。

 横置き用のG16Eを縦置きのハチロクに搭載するにあたり、クラッチハウジングを新設するとともにハチロクの車体メンバーと干渉するオイルパンの形状を変更し新設。4A-Gよりも背が高いため、エンジン下部に置かれるバランスシャフトを廃止してハチロクのエンジンルームに収めている。エンジンマウントブラケットは新設したが、車体側のサスメンバーやマウントはそのまま形状変更することなく流用した。

最新エンジンでハチロクの新しい魅力を味わい尽くす!!

 クラッチペダルは重くもなく軽くもなく、ミートポイントもつかみやすい、本当に普通の感覚だから、何も身構えることはない。5速MTは今どきのガチっとしたショートストロークのタッチと比べると、ややシフトストロークが長いけれど、ハチロクのMTってこんな感じだったし、オジサン世代には懐かしい感触だ。

高回転型の4A-Gは低いギアでエンジンを引っ張る乗り方だったが、G16Eはテンポよくシフトアップして軽快に走らせるタイプだ

 1速に入れてスタートすると、ブオオオオオと野太い排気音とともにシュッとエンジンは吹け上がる。ちょっと3気筒独特の振動も感じるけれど、これはエンジンの「鼓動」ということで不快ではない。

 4A-Gとは対照的なフィーリングだ。低速トルクが薄く、低めのギアで4000rpm以上をキープして“クォーン!”と吹け上がるとともにトルクが盛り上がる4A-Gは、その「カムに乗った」回転フィールが魅力だったが、G16Eは5000rpm以上回してもトルクが頭打ちになってしまうので、むしろ早めのシフトアップで3000~4000rpmあたりのトルクを活かして走るのが気持ちいい。このあたりが現代的ドライブフィールともいえる。

 低い回転からトルクが立ち上がるので、アクセルワークでの挙動コントロールに自由度が高く、コントロールの幅が広がった印象だ。古いハチロクの車体でも、このパワーとトルクだったらちょうどいい。

 とはいえ敢えて言えば、もうちょい高回転までトルクがついてくるとエンジンを回して吹け上がりを味わう楽しさが加わるのだが、そこはユーザーがそれぞれハイカムを組むなど「いじる楽しさ」も含めて手を入れればいい。あくまでも素材としての高い完成度をトヨタが提供してくれるということ。

旧車を新しい魅力とともに楽しむという提案にトヨタ自動車本体が取り組んでいるというところに新たな可能性を感じる!!

 今日の時点ではまだ「コンセプト」としてワンオフ製作での提案だが、トヨタは本気だ! さあ、おいくらだったら買ってみたいですか?

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。