バーチャル車両開発で最新シミュレーション技術を提供する、ドイツのIPG Automotive(アイピージーオートモーティブ)にいま、自動車産業界の注目が集まっている。
背景には、先進的運転支援システム(ADAS)、自動運転、電動化、そしてV2Xなどによるソフトウェアを主体とする自動車開発、いわゆるSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)の重要性が高まっていることがある。そこにAI(人工知能)の進化が追い打ちをかけている状況だ。
そうした中、日本現地法人であるIPG Automotive株式会社の設立10周年記念イベントが10月31日に都内で開催され、ドイツ本社からステファン・シュミット(Steffen Schmidt)CEOら幹部も来日。自動車産業界の大きな変革期における、IPG Automotiveのさらなる可能性について話を聞いた。
重要市場日本の10周年記念イベント
IPG Automotiveは1984年に、シュミットCEOの父親など現カールスルーエ工科大学の研究者らによって設立された。当初は、車両の動き(ビークル・ダイナミクス)に対する開発・検証向けソフトウェアの研究開発からスタートした。
1999年には、主力製品ソリューションである「CarMaker」バージョン1.1を世に送り出す。2005年からはパートナー企業や顧客企業と情報共有する場としてOpen House(オープンハウス)を開始するなど、海外市場への本格的な進出に向けた事業基盤づくりを始めた。
2014年には日本の自動車メーカーの開発を現地で迅速かつ適切にサポートしたいという思いからIPG Automotive初の海外子会社としてIPG Automotive株式会社を設立。その後、中国、アメリカ、韓国、フランス、英国、スウェーデン、インドなどで事業の拡大が続いている状況だ。
そうした中、9月には大学と企業の関係者が情報交換する場としてカールスルーエで、10回目となるAPPLY & INNOVATE 2024を開催し、さらに今回、日本市場に特化した「IPG Automotive Japan 10周年記念イベント」を実施した。
「CarMaker」や「VIRTO」などIPG Automotiveの製品・ソリューションを紹介自動車メーカーからは、ホンダが「高度運転支援・自動運転の取組みとデジタルトランスフォーメーションへの期待」、マツダが「マツダのこれらの10年を支えるMBD(Model-Based Development)の進展」、いすゞが「ADASシミュレーションの事例と取組み」をそれぞれ発表したほか、自動車部品大手のアイシン、THKも各社が直面しているソフトウェア中心の製品開発の取り組みを詳しく紹介した。
また会場ではCarMakerの具体的な活用事業として、IPG Automotiveのパートナー企業である、Foretellix、富士ソフト、堀場製作所、東陽テクニカ、キーサイト・テクノロジー、Mywayプラス、Soluzioni Ingegneria、Synopsys、tracetronic/GAFSなどがブースを出展し、来場者と情報交換を積極的に行った。
強みは、企業としての「ルーツ」にあり
シュミットCEOは「我々として重要拠点である日本において、弊社ジャパンチームによる10年間の実績を誇りに思います」とした上で、今回講演に参加した日系メーカー各社やパートナー企業の協力に対して感謝の意を示した。
IPG Automotiveのステファン・シュミットCEO自動車産業界の動向については「2010年代後半から、OTA(オーバー・ジ・エア)によって自動車の制御システムをアップデートするなど、ソフトウェアの重要性が一気に高まった印象があります」と振り返り、「また、自動運転の適用が加速する中、必要となる機能の検証の数は膨大になってきており、またエッジケースと呼ばれるめったに起こらない事象を数多く想定しておくことが必要です。それにはシミュレーションの利用が不可欠となっています」と語る。
その上で、IPG Automotiveの強みは「各方面の優秀な人材が豊富で、ソフトウェア開発と、自動車の開発の両面について40年間にわたる技術の積み重ねがあることです」と強調した。
同席したバイス・プレジデント(VP)のDr. マイケル・コーヘン(Michael Kochem)は大手自動車メーカーでの経験が長いが、「シュミットCEOの指摘通り、弊社の業界内でのポジションは特徴的」という認識を示している。
では、商品の特徴についてはどうか。主力製品のCarMakerは、ADASや自動運転、e-モビリティなどの領域に対応した、開発プロセス全体にわたり利用可能な、仮想空間におけるテストドライビング・ソリューションである。もちろん、ビークル・ダイナミクスやドライブトレインの領域においてリアルワールドに近いクルマの動きを再現できる。この点について、シュミットCEOは「我々のルーツが重要です」と指摘する。つまり、ビークル・ダイナミクスの解析や検証による知見が大いに活かされているのだ。
IPG Automotiveが提供するテストシステム「AD-in-the-loop」(AD=Autonomous Driving、自動運転)とシミュレーションソリューション「CarMaker」また、CarMarkerは顧客にとっては、開発プロセスをより簡単に効率化できることが人気の要因だ。IPG Automotive株式会社の清水圭介社長は「ADASのシミュレーションを例に取れば、ベースとなる車両と搭載されるセンサーだけではなく、人・道路・建築物など周囲の環境についても簡単に構築できるワンパッケージで提供していますし、開発プロセスにおけるさまざまなフェーズでシームレスに活用いただけます」と顧客にとってのCarMakerの利便性の高さを強調する。
これに合わせて、近年リリースしたバーチャルビークル開発ツールの「VIRTO(バート)」の存在も大きい。PCやタブレットの画面上でバーチャルな車両の設定、それを構築するために必要なすべてのパラメーターを管理するなどして、最終的にバーチャルテストのデータおよびワークフローを保存や管理できるのが、VIRTOの強みだ。VIRTOを活用することで、CarMakerのバーチャル車両開発のすべての分野でのポテンシャルをさらに引き上げているのだ。結果的に、バーチャル環境における個別プロセスとプロセス全体の流れを顧客の社内各部署で共有することが、従来の開発プロセスが根本的に変わることに直結する。
VIRTOはモジュール式アプリケーションスイートとして提供されるため、一貫性のある開発環境で、シームレスなデータ及びワークフロー管理が可能になる社内外で重要視される「人と人との関係」
このように進化し続けるIPG Automotiveだが、市場変化が大きい中で当然、課題もある。シュミットCEOは「SDV、電動化、そして自動運転などの進化が非常に速く、対応するべき領域が多岐に渡り、それらが複雑に関係している」と状況を分析する。
一方で、自動車産業の先行きを見定めるのが難しい状況にある。特に社会的な影響が大きい自動運転について、今回の講演で登壇したカールスルーエ工科大学のエリック・サックス(Eric Sax)教授は、イノベーションの成熟までの過程を示す、ガートナーのハイプサイクルを引用した。自動運転は、黎明期から過度な期待のピーク期を経ていま、幻滅期から啓発期へと進む段階にあると指摘したのだ。これを受けて、コーヘンVPも「自動運転の先行きにはいまだに不透明な部分もあるが、我々にとっては非常に興味深く、エキサイティングな研究、開発分野であることに変わりはありません」という見解を示す。
こうした状況の中で、IPG Automotiveが改めて重要視しているのが、人と人との関係だ。まず、社内に対しては、いわゆる“ファミリービジネス”として立ち上がったスタートアップであるが、その後の事業規模拡大があっても、創業当時からの社風はいまも変わっていない。コーヘンVPと清水社長も、IPG Automotiveグループ全体として組織における上下関係に左右されないオープンな議論が日々行われているとの実感があるという。
そうした社内の雰囲気をベースとして、日本での進出以降、世界各地に加えてドイツ国内でもフランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘン、インゴルシュタット、ブラウンシュヴァイクなどドイツの自動車メーカー各社の拠点近くにIPG Automotiveは積極的にオフィスを開設してきた。主力製品であるCarMakerを含むソフトウェアおよびハードウェアソリューションを活用する顧客に対して、トータルでの開発コスト削減や開発期間の短縮につなげるため、顧客の開発拠点の近くで日々接する体制を敷くためだ。
状況は日本でも同じで、東京のほか、日本の自動車産業集積地に近い名古屋にも新たにオフィスを設けている。
最後に、シュミットCEOにIPG Automotiveの5年後、さらに20年後に向けた思いを聞いた。同氏は「VIRTOに代表されるような、新しいツールによって、自動車開発の効率性をさらに高めていきます。同時に、開発をより知的化するためにさまざまな領域とのコラボレーションを加速させます」と、次の5年間における長期目標を掲げる。
さらに10年から20年先のイメージついては「バーチャル技術を活用した、デジタルツインが自動車開発として当たり前の世の中にしたい。かつて、CAD(Computer Added Design)が導入され、今では一般化したように」と語った。
AIのさらなる進化により、バーチャル領域での自動車開発がこれからさらに拡大しそうだ。
(左から)IPG Automotiveのマイケル・コーヘンVP、ステファン・シュミットCEO、IPG Automotive株式会社の清水圭介社長IPG Automotive の詳細はこちら鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。