IONIQ 5の高性能モデルとして日本に導入されるIONIQ 5 N(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

ピュアEVにさほど興味が持てない人も、このクルマには一度、乗ってみるべし。

そう言いたくなる「IONIQ 5 N(アイオニック・ファイブ・エヌ)」が、ヒョンデ・モビリティ・ジャパンの手により、2024年6月5日から販売開始されることになった。

AMGやMのような高性能モデル

IONIQ 5 Nは、かなりユニークな製品だ。サーキット走行を視野に入れたバッテリー駆動のEV(BEV)という、世界でも類のないコンセプトで開発されている。

「しかし」と、私は思った。巨額であろう開発費の投入は、もう少しBEV市場が熟成してからでもよかったのではないか。

もうひとつの疑問は、ヒョンデ・モビリティ・ジャパンの市場戦略だ。これまで「IONIQ 5」と「コナ」というファミリー向けの2モデルで展開してきた日本市場。そこへいきなり(という感じで)0-100km/h加速わずか3.4秒という、超がつくほどの高性能をウリにしたIONIQ 5 Nを投入する理由はどこにあるんだろう。

モダンでオシャレなIONIQ 5から一変してスパルタンな雰囲気をまとう(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

IONIQ 5 Nの「N」は、ヒョンデがR&Dセンターを置くナムヤン(Namyang)と、開発テストを行うドイツ・ニュルブルクリンク(Nuruburgring)の頭文字から名付けられた同社のモータースポーツ部門であり、ヒョンデの高性能仕様のサブネーム。トヨタのGR、メルセデス・ベンツのAMG、BMWのMのようなものだと、思ってもらえればいいだろう。

【写真】まるでレースカー!超スパルタンな「IONIQ 5 N」の内外装

IONIQ 5 Nも、車名とボディスタイルこそ4ドアのIONIQ 5と近いが、中身はまったく別ものだ。

インテリアも外観と同様、IONIQ 5をベースにまったく異なるムードを醸す(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

前後2つのパワフルなモーターと大容量バッテリーを搭載するのに加え、ボディ剛性とサスペンションの取り付け部の剛性をアップ、トラック(トレッド)を拡大し、大容量ブレーキと専用の電子制御ダンパーを取り付け、タイヤをハイグリップなものにし……と、“高性能化“のメニューは、枚挙にいとまがないほど。各部の軽量化も怠らない。

前後のモーターは最大478kWの最高出力と770Nmの最大トルクを発生する。車高の低いボディに、大きなエアロパーツ。さらに室内もレースカーを思わせるヘッドレストレイント(ヘッドレスト)一体型バケットシートの採用などで、かなり“すごみ”が利いている。

軽量なセミバケットシートはなんと標準装備(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

コンセプトはWRCインスパイアードの4WD電気自動車

日本での正式発売を前にした2024年4月下旬、ヒョンデ・モビリティ・ジャパンは、千葉県袖ケ浦市にある袖ヶ浦フォレストレースウェイでメディア向けの試乗会を開催。私も参加した。

IONIQ 5 Nに乗るのは、2023年秋の韓国以来。そのときはサーキットのみでの試乗だったが、日本では公道も走れて、より多角的にこのクルマを見ることができた。

「IONIQ 5 Nは(2023年5月の発表以来)およそ1年が経ち、韓国内ではアフターパーツの販売が始まるなど、ようやく小さな花だったものが花束になってきたように感じています」

そう語るのは、今回の試乗会のタイミングで来日したバイスプレジデントのティル・ワルテンバーグ氏。「ヘッド・オブ・Nブランド&モータースポーツ」の肩書を有するNブランドのキーマンだ。

IONIQ 5 Nのドライバーズシートでバイスプレジデントのティル・ワルテンバーグ氏(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

「WRC(世界ラリー選手権)インスパイアードの4WD電気自動車」というのが、ワルテンバーグ氏によるIONIQ 5 Nの定義。

「最終的には、BEVの国際規格のレースが始まり、多くのメーカーがそこに参加して、盛り立ててくれることです」

それが先の発言にあった、「花束」の真の意味だろう。

袖ヶ浦フォレストレースウェイとその周辺を走らせることができた(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

IONIQ 5 Nの開発コンセプトは「コーナリング能力、サーキットでの走行性能、そして日常でのファン・トゥ・ドライブ性」だとワルテンバーグ氏は言う。そのための機能がふんだんに盛り込まれている。

たとえば、走行モードに合わせてバッテリー性能を最適化するための温度管理システム「Nバッテリー・プリコンデショニング」、ハイスピードでのコーナリング時などで、ブレーキペダルとアクセルペダルと同時に使える「Nレフトフットブレーキング」。

ボタンひと押しで一定時間、出力を上昇させる「Nグリンブースト」、前後のトルク配分を任意で変えられる「Nトルクディストリビューション」、強力な回生ブレーキで車体の動きをコントロールし、コーナリングスピードに寄与する「Nペダル」と「Nブレーキ・リジェン(Regeneration=回生)」。

さまざまな機能から自分好みの走りを作り出すことができる(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

さらに、モータートルクを制御することで通常の変速機のようなシフトダウンを体感できる「N e-シフト」、ドリフト走行が容易に楽しめる「Nドリフトオプティマイザー」、最大加速性能でスタートできる「Nローンチコントロール」、車内外のスピーカーでエグゾーストノート(を模したサウンド)を流す「Nアクティブサウンド・プラス」……と、機能についても枚挙にいとまがない。

「10秒のあいだ最高出力をしぼりだす」NGB

乗った印象は、BEVというより“IONIQ 5 Nという唯一無二の乗り物”という感じ。一言でいえば、素晴らしく楽しい。

サーキットでは、多気筒エンジンの高性能車もかくやの速さで走り、疑似エンジン音は、考えていた以上にドライブする私の“ヤル気”を鼓舞する。

ドライブモードは「ノーマル」「エコ」それに「スポーツ」が選べ、各モードで走りのキャラクターは、がらりと変わる。

最終コーナーをまわってホームストレートに入ると同時に、ハンドルのコラムに設けられた赤い「NGB(Nグリンブースト)」ボタンを押してみると、先に触れたとおり一瞬でパワーが上がる。

NGB(Nグリンブースト)の赤いボタン(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

通常は448kWの最高出力と740Nmの最大トルクが、NGBをスイッチオンすると478kWと770Nmに跳ね上がる。「ロケットのブースターってこんな感じだろうか」と思うような加速で、クルマがストレートを駆けぬける。

おもしろいのは、NGBは1回に10秒しか使えないこと。メーター内に「10、9、8……」とカウントダウン表示が出る。サーキットで相手を抜こうというとき、これを参考にしながら、赤いボタンを操作すればよいのだ。

今回の試乗会では、サーキットの駐車場の広い一角に散水して、「Nドリフトオプティマイザー」を試すチャンスも与えられた。

ボンッと強めにアクセルを踏んで“きっかけ”を作ればよい。前輪を軸にリアが外に出ていくドリフト状態になった瞬間、アクセルペダルを踏んでいる力を少しゆるめてやる。

おしりでクルマが滑っているのを感じながら、軽いアクセルペダル操作でドリフトが続けられる。これはおもしろい。

散水路をアクセルペダルの加減で振り回して走るのは楽しい(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

一般道では、「日本向けは、道路の段差を越えるときなどで、しなやかな乗り心地をねらいました」と前出のワルテンバーグ氏が言うとおりで、硬すぎず、よくできたGT(グランツーリスモ)というべき乗り味が堪能できた。大人5人が乗っていられるパッケージングで、無敵感がある。

まずは「体験」してほしい

「韓国では、それまでICE(エンジン車)に乗ってきた層に興味を持ってもらうため、数々の装備を搭載しました」とワルテンバーグ氏。「いまの段階でここまでやらなくも?」という質問については、誰もいないマーケットに入っていく”先行者利益”とする。

「速く走らせるために操作がやや複雑だという意見は、韓国でもあります。でも、自分好みのIONIQ 5 Nを仕立てる楽しみと捉えていただければ」

ヒョンデ・モビリティ・ジャパンでPR/マーケティングなどを担当するバイスプレジデントのイム・ミンジュ氏は語る。

「今後は、スマートフォンのようにOTA(Over The Air)で機能をアップしていく予定です。テックサビー(Tech Savvy)ともいえるテクノロジー好きや、人とは違う新製品を好む層にアピールし、それが成功したことで、今は次の段階に入っています」

グレーのボディカラーを持つIONIQ 5 Nの前でイム・ミンジュ氏(写真:ヒョンデ・モビリティ・ジャパン)

「日本市場でも、“EV LOVE”とでもいうような、エッジーなテクノロジー好きの方が興味を持ってくれているようです。でも、私たちは既存のIONIQ 5やコナといったファミリー向けモデルと、IONIQ 5 Nがまったく違うクルマだと思っていません。電気のポテンシャルをフルに使えるように開発した点では、同じベクトルにあると考えています。ヒョンデの技術力を体感してもらいたい、というのが最大の望みです」

日本市場での成功の可能性も高いのでは、というイム氏。大事なことは、「実車を体験してもらうこと」だとする。

「コナも同様でしたし、IONIQ 5 Nも“乗ったらわかる”という表現がぴったりなクルマです。クロスオーバーでもハッチバックでもない、NはN。この唯一無二の存在感を体験してもらうことが成功につながると、私たちは考えています」

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日本での価格は、900万円前後になるという。6月5日の正式発売前に、4月25日から限定50台で「IONIQ 5 Nファーストエディション」の予約注文が始まっている。

M、AMGといったモデル名に惹かれる人なら、パワートレインが違っていても、いや、逆にだからこそ、IONIQ 5 Nが開拓する新しい世界をぜひ一度体験してみてほしい。

【写真】新世代スポーツ「IONIQ 5 N」のスタイリングを詳しく見る

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