4月11日、テレビCMでお馴染みの猫用おやつ「CIAOちゅ~る」やツナ缶で有名な大手企業・いなば食品で新卒採用者の大量入社辞退が発生したと『週刊文春』が報じました。
「近頃の若者はこらえ性が……」といなば食品に同情しかけたところで、併せて文春が報じた同社の社宅のオンボロぶりと、この報道に対する「ボロ家報道について」という身も蓋もない正式プレスリリースに目を疑いました。
上場はしていませんが、4000人以上の従業員を抱え、売上高1000憶円を超える大企業の対応とは思えません。このトラブル、そしてそこへの対応は同社の経営に影響するのか検証してみます。
「ボロ家」と自分で言ってしまう危機管理のなさ
文春報道が火を点けた、いなば食品のトラブル。それは新卒採用で静岡工場へ配属予定だった内定者の9割が入社を辞退したというもの。
私は20年ほどコンサルタントと大学教員の二足のわらじを履き続けていますが、就職活動を控えた学生に食品会社は今も昔も大人気です。インターネット就活が大繁盛している中、さらにコロナで学生の情報ルートが分散したことで、これまで以上に食品会社、特にいなば食品のような知名度の高い企業の人気は爆上がり状態となりました。
そのような中、人気業界で9割の入社辞退とは尋常ではありません。文春によれば、社宅としてその新入社員たちが住む予定の建物が相当な年代物だったと、写真付きで状態が報じられています。
学生時代にフロ無しアパートで一人暮らしをしていた私には、ちょっぴり懐かしい感じのレトロな社宅ですが、今の若者にとっては肝試しかドッキリ撮影かのような建物であり、「新しい社員寮が完成している」と言われて入社してきた彼らには相当に堪えたことでしょう。
文春はこれを「新入社員への“ボロ家ハラスメント”」と報じ、あまりなタイトルですが今回は納得してしまいました。
この大量入社辞退と超レトロな社宅問題について、翌12日にいなば食品は公式リリースを発表しました。そのタイトルは、「由比のボロ家報道について」。
エイプリルフールはとうに過ぎていますが、本当にこのタイトルのリリースが出たのです。しかし、この原稿を書いているリアルタイム(4月14日23時現在)にいなば食品のホームページを確認したところ、「由比のシェアハウス報道について」とタイトルが変えられていました。
当初の内容から書き換えられたいなば食品のプレスリリース(4月15日11時現在)。画像は同社の公式ホームページよりいなば食品で何が起こっているのか
「CIAOちゅ~る」の爆発的ヒットで勢いに乗り、売上高も右肩上がり。「グループ年商1千億円を達成し、『静岡県最大の食糧加工会社となった』(2022年11月7日付「食品新聞」)いなば食品。そんな大企業としては考えられない、アヴァンギャルドなリリース発表でした。
目を疑うのはタイトルだけにとどまりません。今現在はタイトルも内容も書き換えられていますが、既にその内容は報道され、インターネット上には元のリリースの画像がたくさん転がっています。
文章ははっきり言えばメチャクチャで、採用担当だった副社長の急逝(リリース上では「死亡」とおよそリリースにはふさわしくない表現になっていた)と新総務部長による不始末が原因であると、亡き副社長の詳細な病状とともに綴られており、トンデモレベルの発表となっていました。
プレスリリースは会社が発信する情報なので、自社の誤解を呼ぶような表現は絶対に避けなければなりません。さらには今回のような会社の評判を下げるような報道に対しては、正確な情報提供によって誤解を解き、被害を少しでも減じるようなものでなければリリースの意味がありません。
しかし「ボロ家報道」と自ら書いてしまったり、読んでも意味がわからない責任逃れの言い訳に終始する内容など、およそ企業の公式発表とは思えないようなものでした。
社内が大混乱に陥って指揮命令ができなくなっているのか、PR機能が破綻したのか、いずれも会社の評価が下がりかねない場面での対応が、すさまじく迷走していることが傍目にも明らかです。
会社へのダメージは意外に軽度かもしれない
自責他責を問わず、企業経営においてトラブルや評判の毀損はあるものです。社内が混乱するのもやむを得ません。そういう危機的状況においてこそ真のリーダーシップが問われます。
文春報道では“ボロ家”以外にも、「女帝」と呼ばれる、社長夫人で現会長の存在などが書かれています。組織のガバナンスや指揮系統に問題があるという内容ですが、真偽はわかりません。ただこうしたコーポレートイメージは一般消費者への好感度ではなく、特に上場企業などでは株価にも影響が出やすい重大な経営課題となります。
このまま、いなば食品はトラブルの幕引きを図れるのか、そして文春をはじめとするマスコミやネット上での追及がさらに続くのかは不明です。とはいえ、同社は非上場企業なので少なくとも日々の株価に一喜一憂する必要はない訳で、製品の売り上げがキープできるならこのまま放置も可能ではあります。
芸能人など有名人のスキャンダルも同様で、謝罪会見など開かずそのまま逃げ切った人もいます。ただ、芸能人は、逃げ切る=存在も消えるということになるため、スキャンダル叩きからは逃れられる一方、芸能活動そのものもなくなってしまうという大きなリスクを覚悟しなければなりません。
大ヒット商品をいくつも擁し、抜群の商品力を持ついなば食品。同社抜きにペットフード売り場は成り立たないほどの巨大な存在です。市場から製品への強いデマンドがあることは何よりの武器です。
どれだけマスコミやネットに叩かれても、今回は商品に関する不祥事ではないため、肝心の商品が売れてくれさえすれば、逃げ通せる可能性は十分あるのではないでしょうか。
今回の事件は同社も事実をある程度認めているという潔さはあるので、実際のペットフードユーザーにとっては他人事ととらえてくれ、愛猫愛犬が同社の商品を好んでいるのならこれまで通り買い続けてくれる可能性は高いでしょう。
では、いなば食品はこのまま逃げ切れるのか? といえば、それはそう簡単ではありません。いま日本中の企業、特に製造業を直撃している人手不足問題があります。
昨今の学生は企業研究においてネット情報を重視します。過去に起きたさまざまな企業スキャンダルやトラブルは、デジタルタトゥーとして長く残る可能性が高く、今回のような採用に関するトラブルはかなりのインパクトを与えるリスクがあるでしょう。
特に「新卒者への扱いがひどい」という今回のニュースは、就活学生がもっとも重視するネガティブ情報です。今どきの学生がまず最初に気にする「社風」に関する情報として、今回の文春報道のようなわかりやすいダメな例はなかなか類を見ません。この報道やリリースを読んでも大丈夫という強い信念のある学生ならよいのかもしれませんが、そんな学生がどれだけいるのかは不明です。
私は採用支援のコンサルティングで、「面接官教育」にも力を入れています。採用促進において、今どきの学生の好みを読んで情報提供をしないと、特に知名度の劣るB2B企業の場合、採用は困難を極める恐れがあると指摘してきました。
一番恐れるべきリスク
また、今回いなば食品は採用において「労働条件通知書」を出していないとも報道されています。労基法によって、労働条件通知書においては必須記載情報があります。それは労働契約期間、更新基準、就業場所、就業時間、賃金・昇給など、法律で文書として発行が義務付けられているものです。
しかし実際には労働条件通知書を発行せず、口約束や面接時の口頭説明のみしかしていない企業の話を学生から聞くことがあります。いなば食品ほどの大企業でも通知書発行をしていなかったとすれば、コンプライアンスに重大な疑義となり、就活学生に忌避される可能性は十二分にあるでしょう。
他にも報道された出社時間前に掃除や着替えを強制するサービス残業、許可制の有給休暇や研修への強制参加、社内宴会での無給拘束、ボランティア強制など、さまざまな違法行為が事実だとすれば、新卒学生は大いに警戒するでしょう。もし事実に反することが報道されている場合は、ただちに否定・釈明を発表するべきです。
世間、特に採用したい学生から自社がどう見えているのか、この事件はすべての企業にとって他山の石となる事例だと思います。
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