能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市など奥能登地区で、常勤の産科医が不在となった。これまで唯一、出産が可能だった輪島市立輪島病院では受け入れ見合わせが続く。過疎化に地震後の人口流出が重なり、病院側は採算面などから出産受け入れに慎重になっている。
妊婦健診は継続
輪島病院は地震直後、手術室が使用不能になるなどの被害を受け、妊婦の安全を確保できないとして産婦人科の外来診療や出産の受け入れを停止した。1月25日から外来は再開したが、産婦人科医1人を常勤で配置していた診療態勢を見直し、週2日の外来診療に限っている。妊婦健診はできるが、出産はできない。
県によると、4月上旬までに断水は解消し、手術室なども使用可能になるなど、ハード面では出産できる状態まで復旧は進んでいるが、受け入れ再開の見通しは立っていない。
再開できない背景には、地震前から奥能登が抱えていた少子高齢化がある。奥能登地区(珠洲市、輪島市、穴水町、能登町)では、高齢化率が約50%となり、出産件数が年々減少。出産ができる医療施設も減り、2023年10月以降は輪島病院だけとなっていた。その輪島病院でも22年度の出産は62件だけだった。
県地域医療推進室は「状況が落ち着いたら、改めて産科のニーズがあるか判断したい」と説明。産婦人科を残しても、出産件数が少ないため医師が十分な経験を積めないことや、採算性がハードルとなっている。
県内全体でも、出産可能な医療施設は地域的な偏りがある。県によると、出産可能な病院は全28施設中、県中心部の金沢市など6市町に18施設が集まる。
輪島病院で妊婦健診を受けていた輪島市の会社員、久保美樹さん(36)は1月中旬、病院から「出産はできなくなった。別の病院に移ってもらうしかない」との連絡を受けた。地震以降、夫の出身地である同県小松市に避難し、そこで新たに病院を探した。
「生まれてくる子どもには、都会ではできない経験をしてほしい」と21年、結婚を機に祖母の住む輪島に移り住んだ。自宅は市中心部で観光スポットとしても知られる「朝市通り」の近く。毎朝露店を出す女性らとも顔なじみになり、「これ食べたことある? 持っていき」などとよく声を掛けられた。妊娠が分かると、朝市のお母さんたちは「生まれたら、抱かせて」と楽しみにしてくれた。
「2人目は難しい」
そして5月20日、小松市の病院で第1子となる女児を出産。「希(のぞみ)」と名付けた。「無事に生まれてくれたら、それは希望の子やね」。地震の後、朝市で働く女性からかけてもらった励ましの言葉が、強く心に残っていたからだ。元気に明るく成長することを願うと共に「輪島や朝市にとって希望の存在になってほしい」との思いも込めた。
地震後の火災で、朝市通り周辺は焼け野原となり自宅も全焼したが、「輪島で子育てがしたい」という思いは変わらない。ただ、出産できる病院がないことへの不安は残る。久保さんは「輪島に戻ろうとは思うが、2人目は産みづらいかな」と考えている。【川畑岳志】
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