作家の宇佐見りんさん(25)は大学2年だった2021年に第164回芥川賞を受賞した。女子高校生を主人公にした受賞作の「推し、燃ゆ」は、何かを熱狂的に「推す」ことで自身を救済する、一方通行の関係性の心地よさやもろさ、孤独を描いた。「書くことと常に共にあった」という自身の学校生活を振り返ってもらった。【聞き手・後藤佳怜】
雪の日に口にしたこと
子どもの頃から、小説家を目指したことはありません。ただ、「言葉を記すこと」には特別な思い入れがありました。
小学校に上がる前、庭先の赤いポストに、雪がうっすらと積もった日のことです。その景色の感想を口にすると、母が感動した様子でメモを持ってきました。「もう一度言って」というので、ポストもまっしろ、お庭もまっしろ……みたいなことを繰り返しました。幼い自分のふとした言葉が、すてきなことのように大切に記録され、うれしかったです。
小学2年になると、方眼ノートに物語を書いて遊ぶようになりました。きっかけは国語の授業です。絵から想像を膨らませて小説を書き、面白さに目覚めました。中学の演劇部では、「ガラケー」のグループメール機能で小説の送り合いをしました。学校生活の中で書くことを楽しんでいました。
「自分がいなくなっても…」
高校生になると、「言葉を記すこと」はもっと切実なものに変わっていきました。
精神的に崩れ、学校に通うのがつらくなったからです。部活動や私生活で悩み、無差別殺人など世の中の事件が「自分と地続きかもしれない」と不安になりました。どう生きるべきか、何度も自問しました。
学校は、成績のよかった小、中学生の頃とは別世界になりました。先生からの目線も同級生との距離も変わりました。まじめに通えると楽しく、足並みをそろえられないと苦しい。優秀で聞き分けのよい子が好かれる場だと感じました。
苦しさの中で自分にできたのは、日記に思いを書くことでした。「記録がないと、自分が何かのはずみにいなくなっても誰にも理由がわからない」という差し迫った気持ちと、「この大変さもいつか役に立つはず」という希望の両方を抱いて。日常の出来事、本の分析、小説の題名案、こみ上げる爆発的な感情――。何でも記しました。
日記に書いた言葉たちは、自然と小説のもとになりました。書かずにはいられない、書くことと常に共にある学校生活でした。だからこそ、小説家を「なりたい職業」と捉えなかったのだと思います。
大学在学中にデビューし卒業した今も、言葉を記す営みは変わりません。「何気ないこの瞬間を残したい」。焦りにも似た切ない気持ちは、私の言葉を記した雪の日の母の姿と重なります。
うさみ・りん
1999年、静岡県生まれ。神奈川県育ち。「かか」で2019年に文芸賞、20年に史上最年少の21歳で三島由紀夫賞を受賞。「推し、燃ゆ」は21年に芥川賞に輝いた。最新作は「くるまの娘」(河出書房新社)。
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