写真右はギリシャ・サントリーニ島の土着品種アシルティコから造られた風味豊かな白ワイン。左はイタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州で育つ白ブドウ品種リボッラ・ジャッラから造られたオレンジワイン スタイリング/まちやまちほ =吉川秀樹撮影

白状するが、私は料理とワインの組み合わせに関してはかなり無頓着だ。現実には、どんな組み合わせもだいたい、いけると思っている。万が一、ミスマッチに出合ったら、グラスの水で口をすすぐか、パンのような味を消してくれるものを一口食べればよい。

とはいえ、料理とワインのペアリングをアドバイスする本には、例外なく「肉には赤ワイン」とある。だから、ワイン情報サイト「ジャンシスロビンソン・ドットコム」の執筆陣の一人、タムリン・カリンが最近、「ローストビーフにはロゼのスパークリングワインを合わせるのが理想」と書いたのには、驚いた。

そこで、それを確かめるべく、ロンドンの最高級肉店でアバディーン・アンガス牛のトモサンカクを買い、いろいろと試した。

最初に赤を何種類か合わせた。お気に入りの南アフリカ産ワインは、牛肉と合わせるには果実味が強く口当たりがソフトすぎた。イタリア・トスカーナ州の最高級ワイン、サッシカイアと同じ生産者の造る、カベルネ・ソーヴィニヨンとサンジョヴェーゼの2品種をブレンドしたワインは、まずまずだったが、やや軽すぎたかもしれない。

グルナッシュから造ったオーストラリア産ワインは渋みが強すぎた。定番のフランス・ボルドーの熟成ワインも2種類試したが、やはり渋みが勝った。

次に冷蔵庫からオーストラリア・タスマニア州産のロゼ・スパークリングワイン「ジャンツ2017」を取り出した。正直、あまり期待していなかったが、牛肉との相性は抜群だ。ワインの果実味が泡で増幅され、牛肉のかみごたえと調和していた。シャンパーニュの「ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ロゼ2015」も見事な相性だった。

タムリンは、「ステーキにレモン汁を搾ると白ワインとの相性がよくなる」とも述べていた。

Jancis Robinson ワインジャーナリスト。フィナンシャルタイムズにもワイン関連のコラムを執筆する

ジャンシスロビンソン・ドットコム編集長で、シェフの経歴を持つタラ・Q・トーマスが提案するペアリングも、常識を覆すものだ。

「おそらく今までで一番おいしかったワインと肉の組み合わせは、アテネ郊外の小さなレストランで出された、グリルした小さなラムチョップと、(ギリシャの)サントリーニ島でアシルティコという品種から造られる白ワインの組み合わせだった」とタラは言う。そしてその理由を「ラムチョップは脂が乗っていて、ジューシーでスモーキーだった。一方、ワインは唾液が出るほど塩味があり、酸味も強く、肉の脂っこさをちょうどよく切ってくれた」と説明した。

タラは、「サントリーニ島の多くの白ワインのように、風味豊かでしっかりとした酸味や塩味があれば、肉との相性は抜群」と解説する。

他に肉と合わせやすい白ブドウ品種として、主にハンガリーで栽培されるフルミントと、主にイタリア北東部で栽培されるリボッラ・ジャッラを挙げる。また、白ブドウを用いて赤ワインと同じような製法で造るオレンジワインは、基本的に赤ワインの特徴を併せ持つため、赤ワインのような渋みが肉のタンパク質と結合して互いの味わいを向上させる、間違いない選択肢と太鼓判を押す。

そして、ベテラン・ライターのジュリア・ハーディングは「アモンティリャードがステーキとよく合う」と主張する。アモンティリャードは、スペインの酒精強化ワインであるシェリーの一種で、琥珀(こはく)色に酸化熟成させた辛口のものを指す。

これらのことから得られる教訓は、もしワインと料理の相性を気にするなら、自身で大胆にいろいろと実験してみるべきだということだ。もちろん、その際には、「肉には赤ワイン、魚には白ワイン」という古い考えは捨てたほうがよいのは言うまでもない。

ワインジャーナリスト ジャンシス・ロビンソン

カレーには 赤い微発泡の「飲む福神漬け」も


「肉には赤ワイン、魚には白ワイン」というペアリングの"常識"が急激に変わりつつある。背景にあるのは、ワインも含めた食文化の時代に合わせた変化、さらには多様化、国際化だ。
例えば、一口にフランス料理といっても最近は軽い味付けのものも増え、白ワインと合わせやすくなった。コースの品数も増えた。あるソムリエは「教科書通りペアリングしていたら赤ワインの出番がなかなか回ってこない」と苦笑いする。
和食は今や世界的人気だし、中国や韓国、インド、東南アジアなどでもワイン人口が急増し、ワインと合わせる料理は非常に多様化している。
一方、ワインも今世紀に入り、濃厚な味付けの肉料理と合うフルボディーから様々な料理に合わせやすいエレガントなスタイルへと流行が移ってきている。高級ワインの世界では特にその傾向が強い。
その結果、ペアリングの世界では赤ワインと白ワインの境界が非常にあいまいになった。ロゼワインやオレンジワインの人気も加わってペアリングは百人百様の様相だ。
最近、個人的に印象に残ったのは、資生堂パーラーの看板メニューの一つ、欧風カレーとイタリアの微発泡赤ワイン、ランブルスコのペアリング。カレーの辛い余韻が残るうちに口に含むやや甘口のランブルスコの味わいは、同レストランのソムリエの説明通り、まさに「飲む福神漬け」だった。

ライター 猪瀬聖(翻訳とも、WSET Diploma)

[NIKKEI The STYLE 2024年6月2日付]

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