母のいない家庭で育った。わけを人に聞かれても長年、固く口を閉ざしてきた。母はハンセン病の元患者だからだ――。
こうした元患者の家族が味わった苦しみに対し、国が補償を決めてから5年になる。だが周囲に身内の病気を知られることを恐れて、請求をしない人も多い。この感染症への差別と偏見はいまも続いている。
突然、服を脱がされ……
関東地方に住む70代の坂下ヨシ子さん(仮名)は幼い頃、母親が施設に入っており、父と兄がいる家で育った。周りの子どもたちに仲間外れにされたが、その理由を誰も教えてくれなかった。
理由が分かったのは中学1年のとき。母に面会しに施設を訪れると、突然医務室に連れて行かれ、男性医師の前で服を脱がされて何かを調べられた。「恥ずかしさとショックで泣いた」
あの検査は何だったのか。図書館で調べ、母がいたのがハンセン病の療養所だと理解できた。それ以来、母親のことは秘密にしてきた。
家族への補償決まる
坂下さんは2016年に始まった元患者家族らが国に賠償を求める訴訟に原告として加わった。原告勝訴を経て、家族への最大180万円の補償を定めた議員立法が19年に成立した。
補償金を受け取る権利がある親戚は、母のきょうだいなど10人いる。坂下さんは裁判の経緯を話して請求を勧めてきたが、これまでに受け取ったのは2人だけだ。
伯母の一人は補償金の請求を夫から反対された。それでも半年間対話を重ね、伯母は申請を決めた。だが「夫には話していない。夫に秘密を作ってしまった」と苦しい胸の内を打ち明けられた。
「(ハンセン病への負の印象が)すり込まれている。国の主導でそうしたのだから、国が責任をもって家族の思いを受け止めてほしい」。坂下さんは訴える。
「私が受けた苦しみは180万円なのか。国の謝罪は中途半端だ」。原告団に加わった関東地方の70代の女性は父と兄が元患者で、無念の思いを訴えた。救済制度について、「時間がたてば申請できるようになる人もいるはず。家族からの申請を国は無期限で待ってほしい」と願った。【添島香苗】
全2回の第1回です。
後編・国策が生んだハンセン病差別 補償請求をためらう元患者家族たち
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