小学校の敷地で眠っている名古屋市電(路面電車)を愛知県日進市が官公庁オークションに出品したところ、わずか5日で取り下げる事態となった。鉄道車両の出品は珍しく、行方が注目されていたが、待ったをかけたのは健康被害をもたらす「ある物質」。学校敷地の有効活用を目指していた市教委は、行き場を失った車両を前に途方に暮れている。【川瀬慎一朗】
この車両は、日進市役所の東約3キロにある市立東小学校の一角にひっそりと展示されている。1938年に製造された1400型ボギー車で、長さ約12メートル、幅約2・3メートル、高さ約3・8メートル。重さは14トンで定員70人。車両上部には行き先の「瑞穂区役所」や「金山橋」が掲示されている。
名古屋市が市電を廃止したのは74年3月。同校によると、車両は1カ月後、校区に住む個人から学校に寄贈された。かつては児童らが車内に入ることもできたが、床が老朽化して危険な状態となったため、最近は禁じているという。
その上、教職員の増加で駐車場を広げる必要が生じ、学校は長年、市教委に車両の撤去を求めてきた。このため市教委は、行政機関が不用品などを売却する「KSI官公庁オークション」への出品を決め、4月4日にオークションサイトに掲載した。予定価格は破格の「1円」。市教委担当者は「車両を欲しい方に譲渡できればと考えた」と説明する。
ところが8日になって事態が一変。サイトの質問欄に外部から「車両に石綿(アスベスト)が使われていれば譲渡できないのではないか」などと問い合わせがあった。石綿を吸い込んだ場合、潜伏期間を経て治療が難しい中皮腫や肺がんなどを発症する恐れがある。
市教委が調べると、2013年に厚生労働省が一定以上の石綿を含む鉄道車両について「譲渡または提供を禁止する」旨の通知を出していたことが分かった。厚労省によると、古い鉄道車両の塗料には石綿が使われていることがあり、06年以降、労働安全衛生法に基づき規制しているという。
市教委が車両メーカーに確認したところ、「含有の可能性はある」と回答を得たため、法律に抵触する恐れがあるとして出品を取り下げた。
厚労省担当者は取材に「譲渡が禁じられているため、所有者が持ち続けるか処分するしかない」と指摘する。一方で、現状のまま展示することについては「好ましくはないが、従前からその場にある車両の場合、法律上問題はない」という。
市教委は、この車両の石綿の有無を調査していない。児童の健康への懸念について担当者は「石綿が含有されていたとしても、安定していれば飛散しないので一般的に問題ないとされている」と説明する。
半世紀にわたって児童らを見守ってきた車両だが、譲渡できなければもはや頭痛の種。担当者は「車両の移動や処分にはコストもかかるので今のところはそのままにするしかない。無くすことができれば学校の敷地として有効活用できるのに」と肩を落とした。
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