白いあめ細工のなかにイチゴとバジル、ムース状のマドレーヌ、小さなユズソースボールを入れた杉山あゆみさんのデザートは、スパイスをきかせたサイダー水を添えて(アクサン ターブル ブルス)

パリで注目の30〜40代のシェフたちが、器にこだわり始めている。好みの陶芸家の作品を使い、なかには自らろくろを回す料理人も。斬新な感性で生まれる料理は器と相乗効果を生み、人々を引き付けている。

パリ中心部、旧証券取引所にほど近い「アクサン ターブル ブルス(以下アクサン)」は、パティシエール兼オーナーの杉山あゆみさんとパートナーのロマン・マイさんが2016年にオープンした店だ。個性的でバラエティーに富んだ料理と繊細な美しいデザートに定評があり、19年にミシュラン一つ星に輝いた。

器も作る「アクサン ターブル ブルス」の杉山あゆみさん(左)とロマン・マイさん

器のほぼすべては2人が作陶したものだ。「器作りはずっとやりたかったが、時間と機会がなかった」とあゆみさん。新型コロナウイルス禍がきっかけになったという。20年春、1回目のロックダウンに入った際、ろくろと土を買って練習を開始。同年秋、2回目のロックダウンで窯を買い、焼き始めた。対面レッスンは不可能だったため、知り合いの陶芸家にアドバイスをもらいつつ、動画で技術を習得した。

魚料理を盛り付けた緑と薄茶色の入り交じった皿はロマンさん作だ。「ムール貝とミネラルを混ぜて出した色」という。「厨房にある残り物をすべて使って作陶する」と最初に決め、カキやホタテ、鶏の骨、炭など、あらゆる素材を釉薬(ゆうやく)に入れて試した。土を練り、形作る作業は料理人・菓子職人である2人にとって「慣れた仕事」でもある。

ロマンさんの魚料理はスズキをうろこから焼いてカリカリに仕上げ、ソースは魚の焼き汁と発酵乳をつかう

ろくろをうまく回せなかった当初は「(ろくろを使わず)クッキーを作る要領で砂糖入れなどをつくった」(あゆみさん)。「プロでないので、同じ物を2度作れない。偶発的な作品も個性のひとつ」(ロマンさん)。ボール状のあめ細工のデザートをのせた白い皿は、デザートに合わせて真珠貝をイメージし、あゆみさんが制作した。

逆に器を先に考案し、それに合わせてデザートを考える場合もあるという。「自分たちで器を作るようになってから、料理に対するアプローチがより自由になった」とあゆみさんは言う。

「まず器から入って、料理はそこから創造する」というのはアドリアン・カショさんだ。エネルギッシュな新しい店が軒をならべるパリ東部11区に23年末「ヴェソー」をオープンした。仏人気料理コンクール番組「トップシェフ」で一躍有名になった新進気鋭の料理人だ。豚足やトリップ(モツ)、リドヴォー(子牛の胸腺)などの部位の食感を生かしながら、食材のうまみを引き出し、華やかな一品に仕立てる。

「ヴェソー」のアドリアン・カショさんは作家に店のすべての皿を特注するのが夢だったと話す

作家に特注で全ての器作りを依頼するのは「とてもぜいたくな夢だった」というアドリアンさん。使うのは、若手陶芸家アマンディーヌ・リシャールさんの器だ。アマンディーヌさんはパリ近郊にアトリエを構える。ナチュラルな皿や、温かみのある黒やこげ茶、薄手ながら丈夫で手になじむ器を作る。

アドリアンさんのパートナー、和田江美衣さんは、もともと建築が専門分野。将来の店を見据え、2人はアマンディーヌさんと綿密に意見交換をして器をデザインし、3年ほどかけて約1000点を作陶した。

前菜の小皿は「空腹をバラエティーのあるビジュアルで埋める」(アドリアンさん)ため、葉や貝を連想させる遊び心ある形が印象的だ。江美衣さんがアイデアを3Dの図面に起こして、テーブル上での構成やバランスを確認し、アマンディーヌさんが完成させた。

ヴェソーの前菜は一皿に1つの食材を盛り付ける。手前は「グリーンピースのシュウマイ」、左奥は伊料理カチョ・エ・ペペにシェフの苗字カショをかけた「餠のカショ・エ・ペペ」、左奥は「アスパラガス」

ヴェソーはフランス語で船。漆黒の壁や天井に、白いテーブルが印象的な宇宙船を思わせる内装だ。「劇場や映画館のスクリーンのように料理に集中してもらえるよう」に配慮した。高さのない平らな皿はアドリアンさんたっての希望。乳白色の皿に得意料理のひとつである豚足のカルパッチョ仕立て、パリ近郊の食用花栽培家、ヴァレリー・デュボントンさんの花が映える。開店から約半年で予約困難となる人気ぶりだ。

「若手料理人の器使いには日本文化の影響があるのではないか」。こう推察するのは陶芸家兼食ジャーナリストで、アドリアンさんの最初の店「デトゥール」の器を作ったソフィー・ガレ=ソアスさんだ。偶発的な仕上がりすら「面白み」として受け入れるアクサン、皿の使い方などに「懐石」を感じるヴェソー。日本的な感性が通底する。フランスでは18世紀後半から続くリモージュ窯が知られるが、そのきめ細かい肌質の磁器にはない「人の手を感じさせる器に引かれた」のではないかと分析する。

丸い画用紙のような皿に盛られた「豚足のヴィネグレット」はカルパッチョ仕立ての豚足

ロックダウンでは、一般にも陶芸熱が広がった。ぬくもり感のある器は、コロナ禍で生じた人との距離感を埋めたのかもしれない。日本人独特の「完璧でないもののなかに美を見いだす力」も器を通して伝わっているとソフィーさんはみる。

フランス料理がより軽く、素材重視になってきていることも、器使いに変化をもたらしている。同時に、器を土台に料理を構築するアドリアンさんのように「器のもつ力」が認識されてきている。器と料理。フランスの美食は今日も進化している。

吉田知弘

井田純代撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年6月30日付]

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