映画「大好き」から、西村奈緒さん(右)とその家族=いせフィルム提供

 生後6カ月でてんかんと診断され、長くは生きられないと宣告された少女が、50歳を迎えるまでを撮ったドキュメンタリー映画「大好き~奈緒ちゃんとお母さんの50年~」が完成し、上映が始まっている。少女を育ててきた家族は、成長する彼女に支えられてもいた。「弱さは力と気が付いた」という監督の伊勢真一さん(75)に、50年見つめた家族といのちについて聞いた。(鈴木久美子)  少女は西村奈緒さん、現在51歳。横浜市郊外で両親、弟との4人家族の中で育った。伊勢さんは、奈緒さんの母親の信子さん(81)の弟で、初めは「元気なめいっ子を撮っておこう」と、生きている間の姿をとどめるために撮るような気持ちだったという。  「でも、奈緒ちゃんはどんどん元気になって。50年生きたこともすごいし、それに、なんでこんなに魅力的なんだろうと、スタッフもみんなで思ったんです」  奈緒さんは難治性のてんかんで知的障害もある。発作が起こるので、毎日、薬の服用は欠かせない。一方で、その天真らんまんな言動が周りを明るく和ませる。「けんかしちゃだめ、やさしくなあにって言わなくちゃ」などと、口にする言葉は時にどこか奥深い。  50年の間には、信子さんが地域の仲間と障害者の共働作業所を立ち上げたり、奈緒さんが家を離れてグループホームで自活を始めたりといった節目があった。その折々に伊勢さんは作品にまとめ、第一作「奈緒ちゃん」(1995年)は、数々の映画賞を受賞するなど話題を呼び、自主上映は全国千カ所以上に及んだ。奈緒さんや作品のファンの「応援団」もできた。  今作品は奈緒さんと家族を撮った5作目。作品化のきっかけは、信子さんが「終活」を始めたことだった。  奈緒さんが小学1年になった時には横断歩道の渡り方をきびきびと教えていた信子さんだったが、数年前に心臓の手術を受け、最近は奈緒さんに手を引かれて坂道を上るようになった。定年後に家にいる夫との間には心の距離ができている。長男はうつ病を患った-。家族それぞれが困難にぶつかる中で、奈緒さんは変わらず健やかだ。信子さんは映画で「奈緒が力をくれたと、本当にこのごろ思う」と語る。

伊勢真一さん

 「もしかしたら、こういうことも幸せっていうのかなと思い直した」と伊勢さんは言う。「うまくいかないことを体験して、認め合う。家族や地域、社会、国がそうであったらいいね」  この間に社会では衝撃的な出来事も起きた。2016年、相模原市の障害者施設で元職員が入所者19人を殺害した。障害などを理由に不妊手術を強制した旧優生保護法は、先月やっと、最高裁で違憲判決が出された。優生思想にどう対峙(たいじ)するか課題を突きつける。  伊勢さんは「優生思想は生産性第一主義に基づいていて、それは学校教育でも企業でも、戦後から今も続く路線ですよね。だから障害のある人間や心の病気になった人などは、役に立たないとはじかれる」と憤る。  「でも、弱い者ほど力があるんだよね。弱い人は誰かの手助けが必要だから、その誰かの力を引き出す。引き出す力を持っていることって、すごいよね」  そう気づかせてくれたのが、奈緒さんだったと言う。時に面倒と思うこともある相手に関わることで自身の力が引き出される経験が、「自助」をより求める風潮に、少し風穴を開けるかもしれない。  50年の間に考えの幅は広がった。今作品を「いのちのことに思いを巡らせる50年の記憶です」と語った。     ◇   東京は新宿K’scinema(3、8、9日)、シネマ・チュプキ・タバタ(9月1~14日)、横浜市はシネマ・ジャック&ベティ(8月24日~9月6日)で上映予定。


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