着色された二重造影X線画像。大腸の痙攣(けいれん)が緑色で示されている。痛みを伴うこうした痙攣は、過敏性腸症候群(IBS)によって引き起こされている可能性がある。(PHOTOGRAPH BY CNRI/SCIENCE PHOTO LIBRARY)

過敏性腸症候群(IBS)に悩まされている人は米国で最大4500万人にのぼり、国際機能性消化管疾患財団(IFFGD)によれば、そのうちの約3人に2人は女性(男性の約2倍)だという。日本消化器病学会「過敏性腸症候群(IBS)診療ガイドライン2020」によれば、日本ではIBSを抱える人はおよそ10%で、やはり女性の方が男性より1.2〜1.7倍多いという。

米マッキンゼー・アンド・カンパニーは2024年1月、1兆8000億ドル(約291兆円)規模にのぼる世界のウェルネス市場に関する報告書を発表した。その中でも、腸の健康は重要な一角を占めており、IBSの症状を和らげる腸のサプリメントの需要は、2033年までに90億ドル(約1兆4600億円)から190億ドル(約3兆700億円)に膨れ上がると予想されている。

IBSとは何か

IBSは1つの病気というより、慢性的な便秘や下痢、腹痛、腹部膨満感、排便(色や形、頻度など)の変化といった一連の症状を特徴とする症候群または機能障害だ。

IBSの診断に使われる特定の検査はないものの、症状の頻度や続く期間についての基準や、IBSの中でもどのタイプに当てはまるのかの判断基準はある。

米ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの消化器専門医ロシニ・ラジ氏は通常、セリアック病(小麦や大麦、ライ麦などに含まれるグルテンの不耐症)、乳糖不耐症、さらにはクローン病(主に小腸や大腸の粘膜に慢性的な炎症を引き起こす難病)や大腸がんの検査を最初に行うという。「似た症状を持つ病気をすべて除外してから、IBSの診断を行います」と氏は言う。

米医療機関シーダーズ・サイナイが実施し、2023年12月に発表した全米調査では、これまでの推定よりもIBSにかかっている人の割合が多いことが判明した。

ニューヨークとロサンゼルスで機能性医学(患者を全体的に見て根本原因を探り慢性病にあたるアプローチ)療法を提供する医療機関パースリ・ヘルスの創業者兼最高経営責任者(CEO)のロビン・バージン氏によると、腸や消化器の問題は、同院が扱う中で最も多い症状のひとつとなっており、そうした患者の大半は女性だという。

「消化器にかかわる症状や疾患を抱えている人の70%近くは女性です」と氏は話す。クローン病やセリアック病などの自己免疫疾患(自分自身の細胞を攻撃してしまう病気)を含む炎症性腸疾患(IBD)の場合は、女性の割合は80%に達するという。

なぜ女性に多いのか

IBSと診断される人に女性が多い理由については諸説あるが、よく言われるのはホルモンの影響だ。

症状は月経時に特に重くなる傾向にあると、ニューヨーク州カーメルにあるパットナム病院の消化器専門医ジョージア・クローズ氏は言う。また、IBSの女性は閉経を迎えると、症状の悪化を訴えるほか、疲労や不安、抑うつが増え、生活の質のスコアが下がるという。

これまでのところ、IBSをホルモンの濃度と直接関連付ける研究や、具体的にどのホルモンが関係しているかを調べる研究は、まだあまり行われていない。一方で、いくつかのホルモンについては、どのような役割を果たしているかを示唆する証拠は存在する。

オーストラリアの公認栄養士チェルシー・マッカラム氏によると、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンの変動は腸の運動性(腸の中を物体がどのくらいの速さで移動するか)に影響を与え、膨満感や腹痛、排便を変化させる可能性が研究で示されている。

また、別の研究では、女性に多い甲状腺機能低下症が、小腸内細菌異常増殖症(SIBO、シーボ)を引き起こし、それがIBSの発症に関わる可能性が示唆されている。

「腸の健康を心がけることが、甲状腺の機能障害に関連する症状の解消につながったり、腸の健康が甲状腺の自己免疫に影響を与えたりといったことを示唆する研究もあります」とバージン氏は言う。

更年期の女性がホルモン補充療法(HRT)を受ける場合、IBSの症状には影響を与えないことが多い一方、腸内の微生物叢(マイクロバイオーム)には影響を与える可能性があると、シーダーズ・サイナイの医療関連科学技術プログラムの最高責任者、マーク・ピメンテル氏は言う。

「われわれは最近、閉経後の女性は、閉経前の女性と腸内微生物叢が異なるという研究を発表しました。興味深いのは、HRTを行うことによって、閉経後の女性の腸内微生物叢が若返ったことです」

また、IBSに加えて婦人科系の疾患を持つ女性は、より強い痛みを感じやすいという。「IBSと同時に多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や子宮内膜症を患っている女性は、骨盤痛がより強くなる傾向にあることを示す新しい予備的なデータがあります」とクローズ氏は言う。

「若い女性の中には、矛盾を含む助言を受けて、自分の問題が婦人科的なものなのか、それとも泌尿器科か消化器科の問題なのかわからずに戸惑う人も少なくありません」

また、2017年の研究では、IBSの発症に自己免疫が関わっている可能性が示されている。そして女性は、自己免疫疾患にかかりやすいことが知られている。

ストレスと「脳腸軸」

慢性的なストレスと不安もまた、女性にIBSが増えている重要な要因のひとつである可能性が高い。女性は男性よりもストレスを感じやすく、またストレスによる影響も男女で異なる。

「戦うか逃げるかといった状況に常に置かれていると、腸の連続した動きが止まってしまいます」とバージン氏は言う。ストレスは腸に影響を及ぼし、それが便秘、腹部膨満感、胃酸の逆流、SIBOなどを引き起こす可能性がある。SIBOはIBSの原因となったり、顔に赤みや吹き出物ができる酒さ(しゅさ)として皮膚に影響が現れたりすることも多い。

IBSがメンタルヘルスと密接に関連しているのは、「脳腸軸」と呼ばれる、腸と脳の間でメッセージをやりとりしているシステムがあるためだ。

「IBSと診断された人では、不安や抑うつ、全般的なストレス要因が症状の引き金となることはよく知られています」と、ニューヨーク大学ランゴーン校の胃腸科専門医、ラビア・デ・ラトゥール氏は言う。氏によると、腸の内壁は、神経伝達物質のセロトニンが最も多く作られる場所のひとつだという。「腸内の細菌のバランスや調節の乱れが、精神衛生上の問題を悪化させるというデータも続々と見つかっています」

IBSの治療

IBSの症状は人によって異なり、その誘因もさまざまであるため、適切な治療を行うには、消化器の専門医や機能性医学の医師、栄養士らによるオーダーメードのアプローチが必要になる場合が多い。

ただし、万人に適した解決策はないにせよ、多くの患者にとって有効なアドバイスは存在する。しっかりと睡眠をとり、ストレスを抑えることは、腸の健康にとって不可欠だと考えられている。

「睡眠不足は空腹ホルモンに影響を及ぼし、消化器症状を悪化させます」とマッカラム氏は言う。瞑想や認知行動療法、運動など、自分に合ったストレスへの対処法を見つけることが、症状を抑える鍵となる。

ラジ氏によると、IBSには低用量の抗うつ薬が有効であることが示されている。その理由は、うつ病と腸の不調には同じ神経伝達物質が関わっているためだという。

何を食べるかも重要だ。「低FODMAP食」を取り入れることが効果的だと考える専門家は少なくない。「低FODMAP食とは、小腸で吸収されにくく、腸内細菌によって速く発酵する短鎖の炭水化物(FODMAP)を避ける方法です」とマッカラム氏は言う。

消化器の問題を抱える患者に、デ・ラトゥール氏はまず、「水をどのくらい飲んでいますか」と尋ねるという。大半の人が十分な量を飲んでおらず(常に尿の色が薄いことを確かめるよう氏は勧める)、その状態は本人の健康状態、特に便秘に対して、徐々に影響を及ぼす可能性がある。「人々は日々の活動に忙しく、水分補給について認識と実際がずれている場合が多いのです」

われわれの食生活に大きく欠けているもうひとつの要素は食物繊維だ。「米国では、食事から十分な食物繊維を取れていない人が大勢います」とデ・ラトゥール氏は言う。

米国のガイドラインでは女性は食物繊維を1日25〜30グラムほど摂取すべきだが(厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、1日あたりの目標量は18〜64歳の女性で18グラム以上)、大半の人は10グラムにも達していない。糖分の多い食品や、精製加工食品に頼る食生活が原因だと、バージン氏は指摘する。「そのような食品には、腸の運動性を保つうえで重要な食物繊維や植物性栄養素がほとんど含まれていません」

自分の食事に含まれる食物繊維の量について考えるのは面倒だという人に向けて、さまざまなブランドから、手軽に使える新しいサプリメントが続々と発売されている。こうしたブランドの商品は、以前はタブー視されていた話題が表立って語られるきっかけにもなっている。

「多くの女性たちが不快な症状を感じながらも、それを我慢して生活しています」とバージン氏は言い、積極的に検査を受けてほしいと呼びかけている。なんといっても腸は第二の脳であり、免疫系の70%を担っている場所だからだ。「消化器系はとても賢いのですから、われわれはそれに耳を傾ける必要があります」

文=Fiorella Valdesolo/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月16日公開)

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