秋田県潟上市に誕生した海辺の古書店「出戸浜の本やさん」。カウンターで読書もできる

町から書店が減っている。少子化やネット通販などが原因だ。そうした逆風下でも、新たに本屋を開く人がじわじわ増えている。独自の品ぞろえ、立地やイベントの工夫、他の業態やカルチャーとの複合化……。さまざまな手段を通じ、本のある空間の魅力や、本を届けることの楽しさを追う人たちの思いとは。

海に公園に、書店を取り戻す

秋田市の中心部から車で30分あまり。日本海に面した出戸浜(でとはま)海水浴場(秋田県潟上市)に2023年秋、1軒の古本屋が誕生した。

店名は「出戸浜の本やさん」。その名の通り、海の家が並ぶ浜辺の一画、元アイスクリーム屋の空き店舗を利用した。「午前10時から日没まで」。営業時間を示す小さな看板が入り口近くに置いてある。

「出戸浜の本やさん」は海水浴場の古い空き店舗を改装した(秋田県潟上市)

人気作家の小説、絵本、辞書、写真集など品ぞろえは幅広い。仕入れコストはゼロ。すべて地元の人らが寄贈した本だ。買いたい人は値札を見て該当額を備え付けの箱に入れていく。窓際にはカウンターと椅子があり、海を見ながら読書もできる。

地元で医療関係の仕事をしている柳山めぐみさんが、本業の傍ら開業した。海水浴場に集まる人は全国的に減っている。「本屋があることで、その場所の風景や価値が変わるのでは」と考えた。寄贈された本を見ていると「そこに町の人たちが実際にいるみたい」だと感じるそうだ。

地元に住む柳山めぐみさんが昨年開業した。営業時間は「午前10時から日没まで」(同)

書店の側から読者に近づく

埼玉県三郷市の県営みさと公園。親子連れが行き交う傍らで、古本の移動販売車「ブルーバードブックス」が店を開いている。車の脇にのぼりを立て、テントを張り、本を入れたケースを並べる。子どもらが次々と立ち寄り、本を手に取っていく。興味を示せば「こういう本もあるよ」と別の本を薦める。公園の理解を得て園の設備であるテーブルにも絵本を並べている。こちらは無料の「図書館」コーナーだ。

本の移動販売車「ブルーバードブックス」。店主の草薙みちるさん(中央)は日程をホームページで告知し、公園や寺などで店を開く(埼玉県三郷市)

イベント制作の技術者や大学図書館勤務、貸しスペースでの古書販売を経て、草薙みちるさんが今の形で古書販売を始めて2年たつ。「もっと書店の側から読者に近づこう」との思いからだ。

ページをめくる時に紙を曲げ、折り目をつけてつまみあげてしまうなど、「本の扱い方を知らない子どもが多い」と最近感じる。本を手に取る機会を増やしたいと、公園やお寺、雑貨店の駐車場などで店を開く。

古本だけでなく、新刊本についても町の人々と本との接点を増やそうとする動きが広がっている。

「本の目利き」がつくった本屋

東京都品川区の西五反田。山手線目黒駅から私鉄で一駅の町に「フラヌール書店」が開業して1年余り。文学、人文、絵本、雑誌、料理書など幅広いジャンルの本が並ぶ一方で「中公新書の隠れた名著」といった棚もある。店主で「くれブックス」代表社員の久禮(くれ)亮太さんが、自ら客に薦めたい本を選んで仕入れた書店だ。

「フラヌール書店」店主の久禮亮太さんは「町の本屋ができることはまだ多い」と話す(東京都品川区)

「町の本屋ができることは、もっとあるはず」と思う。本棚は「本が一番美しくみえる」よう手作りした。店内にはギャラリーもあり、絵本の棚の前には子どもが座れる小さなベンチを置いた。木目の床と美しいじゅうたんが落ち着いた空気を醸し出している。店名のフラヌールとはフランス語で「歩きながら考える人」といった意味だ。

久禮さんは大手書店勤務を経て「フリーランス書店員」としていくつかの書店で実務指南の経験を積んだ後、「いい本と出会える楽しさを伝えたい」と自分の店を構えた。「あの人ならこの本が好きだろうと想像しながら仕入れたり、意外な専門書を好む人がいたり。お客様の顔が見えるのが町の書店の楽しさ」。他の大手書店もある五反田という町で、自店の役割を模索する。

同店で売り上げ首位の本が平積みで一押しした「ストーナー」(ジョン・ウィリアムズ著、東江一紀訳、作品社)。老いた大学教師が半生を振り返るという筋立てだ。米国で半世紀前に出版され、邦訳が出たのも10年前。店主の目利きを信頼する客が集まる店ならではの現象といえる。今は都内の小さな映画館主の半生記を店頭に置く。

フラヌール書店の店内には目利きした本が並ぶ(同)

多様化する書店の形態、立地改革を生む

「書店のない町」の増加は最近、よく話題に上る。日本出版インフラセンターの調査では全国の書店は1万店強と、ここ10年で4000店以上減っている。全国の自治体の4分の1は書店がゼロになった。

一方で「独立(系)書店」などと呼ばれる、小規模な個人経営の書店が増えている。そうした次世代型書店の開業をウオッチし、ライターとして紹介する記事を書いてきたのが和氣正幸さんだ。「毎年、全国で数十軒ずつ、そうした書店が増えている」という。

昨年春には拠点となる「ブックショップトラベラー」という書店を東京・世田谷の祖師ケ谷大蔵駅近くに開いた。区分けした棚を、個人経営の書店や、これから本を売ってみたいという人に貸す。同書店を訪れれば、小さな書店を幾つも旅することができる趣向だ。今でこそ、こうした「棚貸し型」の書店は各地で増えているが、和氣さんが今の店の前身として東京・下北沢で間借りして開いた店が先駆例のひとつだった。

「ブックショップトラベラー」を開いたライターの和氣正幸さんは、棚貸し型の書店で「本を売りたい人」を応援する(東京都世田谷区)

「書店の形が多様化しているのが今の特徴」だと和氣さんは考える。かつて古書と新刊書では、仕入れルートや価格のルールを含め、「別の業界」といえるほど垣根が高かった。今では古書と新刊書をまぜて販売する店は珍しくない。

雑貨や洋服の店が、店舗の一部で書籍を販売するといったケースも広がる。他の仕事をしながら副業として営む書店もある。「新刊の書籍や雑誌だけを売り、一家が食べていくという昔の形だけが書店ではなくなってきた」

思えば、以前の書店は日光を嫌った。表紙や背表紙が傷むからだ。しかし、「出戸浜の本やさん」や「ブルーバードブックス」は大きな窓から日光が入ったり、青空の下だったり。門外漢の発想が書店の立地革命を生み、本と人との接点を取り戻しつつあるともいえる。

人と多様な文化が出合う空間

新しい書店の中には、人が本と出合うだけでなく、本以外の文化と触れ合ったり、人と人を結んだりと複合的な役割をめざす店も目立つ。

香川県高松市の大きな商店街から少し外れた一画。新刊や中古の書店、映画館、カフェ、外国人の多いゲストハウスなどが相次ぎ誕生し、カルチャーの発信地になりつつある。その起爆剤のひとつになったのが「本屋ルヌガンガ」だ。大手書店勤務などを経てUターンした中村勇亮(ゆうすけ)さんと愛知県出身の涼子さん夫妻が7年前に開業した。

中村勇亮さんと涼子さん夫妻が開業した「本屋ルヌガンガ」(高松市)

友人の部屋のように落ち着いた雰囲気の中、ふらりと立ち寄って店主と立ち話をし、未知の本と出合う。そんな「なじみの店」をめざしていると勇亮さん。看板の「本」という字は晶文社の本の装丁で知られるデザイナーであり、高松市在住で店によく訪れた平野甲賀さんによるものだ。

装丁家、平野甲賀さんの手による看板が人々を本の世界にいざなう(同)

ルヌガンガの特徴のひとつは頻繁に開くイベントだ。テーマは絵本、映画、社会問題など。先日は「歌のある絵本」をテーマに、参加者がお薦めの絵本を紹介した。作中に登場する歌を披露したり、スマートフォンから流したり。「引っ越しで高松市に来た当初は知り合いがいなかったが、この店のおかげで友人が増えた」と参加者の1人は語る。

ルヌガンガでは絵本、映画などテーマを決めて交流会を開く(同)

ホテル+書店で旅行者に会話

「ホテルと書店」を組み合わせたのはJR京都駅に近い「TUNE STAY KYOTO」。京都市内などで宿泊施設を運営するティーエーティー(京都市)が5年前に開業した。1階ロビーから地下に続く大階段に面し、壁一面に京都関係の本が並ぶ。階段は読書用の座席を兼ね、酒を片手に旅行者同士が会話を交わす場面もみられる。

小説、歴史書、カウンターカルチャーの記録書、英語による日本文化の解説書……。端から背表紙を眺めていくだけで京都という町の奥深さが伝わってくる。新刊と古書が分け隔てなく並び、気に入れば、いずれも購入できる。「長期滞在の方が多い」(同社経営企画部の飯田麻友さん)ため、好奇心に応え、退屈しないようにと「ホテル内の書店」という発想が生まれた。

フロントに隣接する共有スペースに巨大な本棚を設け、販売もするホテル「TUNE STAY KYOTO」。すべて京都関連の本だ(京都市)

ホテル業界ではソラーレホテルズアンドリゾーツ(東京・港)が24時間営業の書店を併設した「ランプライトブックスホテル」を国内3カ所で運営する。宿泊者は客室に本を持ち込むことができ、宿泊者以外の一般客にも本を販売する。「旅とミステリー」がテーマで、戦前の探偵小説を充実させるなど品ぞろえにこだわりをみせる。

資料だらけのカフェ、クイズ大会も

「クイズと本」という独自の取り合わせをテーマにしているのが東京・世田谷の「RBL CAFE」だ。若者の多い下北沢の町なかに、クイズ制作会社を経営する仲野隆也さんが開業した。

カフェの壁2面に多種多様なジャンルの本7000冊がぎっしり並ぶ。すべて仲野さんがクイズ制作に使ってきた資料。「自分の興味ある一冊を見つけてほしい」という。クイズの資料なので文学書はなく、変わった辞典や図鑑、マニアックな専門書など、知識を得るための本に特化している点が独特だ。多くは店内閲覧用だが「どんどん増えてしまうので」一部の棚は販売用にあてている。書店、資料室、カフェ、バー、イベントスペースを兼ねた空間といえる。

プロのクイズ制作者、仲野隆也さん(右奥)が開いたブックカフェ「RBL CAFE」はクイズ大会などで盛り上がる(東京都世田谷区)

先日、同店で早押しクイズ大会が開かれた。クイズ愛好家の裾野を広げる狙いで、本格的なボタンを用意し、壁にはリアルタイムで各自の点数を表示。読み上げ方から引っかけ問題を見抜く裏技などを仲野さんが伝授する。初心者限定だが回答者のレベルは高く、終了後の歓談もおおいに盛り上がった。

紀伊國屋書店が示した「新しい書店像」

書店が人の交流する舞台となった例は昔から多い。戦前の上海にあった内山書店が魯迅(ろじん)ら日中文化人のサロンとなっていたのが好例だ。

人と出会い、多様な文化と触れ合う場としての書店像を示したのが、今も現役の紀伊國屋書店新宿本店だろう。創業者の田辺茂一さんがモダニズム建築の旗手、前川國男さんに設計を依頼。書店、劇場、画廊、喫茶が同居する9階建ての複合ビルとして1964年に完成した。

1階には建物を貫通する通路を設け、正面は待ち合わせの名所になった。69年の新宿を舞台にした庄司薫の青春小説「ぼくの大好きな青髭」は、この店で主人公が取材記者と待ち合わせる場面から始まる。映画「新宿泥棒日記」(69年、大島渚監督)も同店で撮影された。

紀伊國屋書店新宿本店は劇場やカフェを併設した先端文化の発信地として待ち合わせの名所になった(東京都新宿区、1975年撮影)

独立系書店など新世代の本屋の多くも文化の発信と人の交流をめざしている。リアルな場の魅力を模索する姿は先人らの姿と重なる。

昔に比べて有利なのは、書店経営を支えるさまざまなサービスが生まれた点だ。例えばネット古書店の登場で、プロ向けの古本市などに通わなくても「ほしい本をピンポイントで仕入れられるようになった」(ブルーバードブックスの草薙さん)。

新刊本も同様だ。出版社と書店を結ぶ卸売り会社を「取次」と呼ぶ。大手はベストセラーやチェーン書店に目が向きがちだが、この取次分野にも「個人書店を開きたい」「カフェの一画で本を売りたい」といった声に応じる会社が登場し「ことりつぎ」などのサービス名で仕入れを支援している。出版社などで作る団体も今年から、主に大手書店を対象にしてきた本や雑誌の出版情報の配信を独立系書店に対しても始めた。

ネットが普及したからこそ、ネット上にはない魅力を持つリアルな空間に人は引かれる。新世代の書店もそうなる可能性を秘めている。

石鍋仁美

竹邨章撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年8月11日付]

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