熊谷俊人 千葉県知事

まだ46歳だがもはやベテラン政治家の域だ。2009年に政令指定市である千葉市長選に弱冠31歳で当選し、21年には史上最多得票(140万票)で知事に転じた。市長時代は苦境だったモノレール延伸計画の廃止や職員の給与カットなどを断行。いまは知事としてお隣の小池百合子都知事の政策にも臆せずもの申す。一方、単なるこわもてでもなく職員の働きには待ちの姿勢を大切にする。リーダーとしての持論は「先の展開からの逆算」。その秘訣とは。

――人口増と過疎が同居する千葉県政運営の要諦はなんでしょう。

「私が最も重視し実践してきたつもりなのは、あらゆる施策で無理のないスケジュールを設定しチームが向かうべき方向を示すことです。例えば90度曲がりたいとき、直前で方向転換すると遠心力に振られる。だけど早い段階から5度ずつ曲がればスムーズに目的地へ着けます」

「政策の特徴が見えにくいとの声もありますが、動き始めた船に乗っている人は往々にして気づきません。これが強いリーダー像かどうかはさておき、私の仕事のスタイルです」

「例えば茂原市などを襲った23年の台風13号。これまで東日本大震災など各種災害の現場を指揮した経験と他自治体の教訓から、被災自治体では罹災(りさい)証明の発行など災害対応にあたる職員が足りなくなる絵がパッと浮かびました。被災自治体からの要請を待たず、発災直後から職員に人員の手配を準備してもらいました」

「大抵の場合、支援要請が県に届くのは人員不足で実際に現場が苦しくなってから。発災したのは金曜日でしたが、週明けには動き出せるよう幹部陣に指示し、迅速な派遣につながりました」

――災害時、状況が刻一刻と変化する中で先の見通しを立てるのは容易ではありません。

「これはまさに首長の仕事です。災害時に限りませんが、可能な限りSNSも駆使して先の景色を示すのを心がけています。市長時代には19年の台風で発生した災害廃棄物の収集について私のアカウントから先行的に発信しました。住民があらかじめ準備できるよう、おおよそのスケジュールを示しました」

「事務方は細部が詰まってからでないと発信が難しい。最終確定していない情報を出して責任を取れるのはトップのほかにいません。予言者ではないですが、事務方と首長との役割分担ですよね」

「私はなんでも『無駄なく無理なく』やりたい。ダイエットでも短期間で無謀に激しくやればリバウンドします。反作用が生まれない、のちのちもめないようにことを進めるよう、常にアンテナを立てています」

23年、グッドマングループ最高経営責任者(CEO)との会談時(右が熊谷知事)

3回待てば人は動く

――昨年は国から成田空港周辺の農地を含む土地で空港と一体となった物流拠点の整備が認められました。

「この件はどちらかと言えばマッチョ的なリーダーシップかもしれません。私の就任前から県では国家戦略特区の枠組みで空港周辺の農地活用の規制緩和を国に求めていましたが、計画は中身に乏しいものでした」

「こういう一点突破的な事業には具体性とパートナーが必須です。空港周辺で最も条件が整っていた多古町で規制緩和に取り組みながら、開発できるデベロッパーを探すよう指示しました。オーストラリアの物流大手のグッドマングループが手を挙げてくれて事業実現への説得力が生まれ、土地利用規制の弾力化にこぎ着けました」

――09年、政令市では歴代最年少で千葉市長に就任しました。若いリーダーとして職員とのかかわり方で工夫したことは。

「前提として人はすぐには変わりません。だからその人の生い立ちや人間性に理解を持って接することが重要です。その上で私が基本としているのは3回待つ理論です」

「金属などのスクラップを集積する『ヤード』事業を新たに始める際に県の許可が必要となる条例が24年度、施行されました。都道府県としては初の事例です。知事就任直後に条例について環境生活部に相談しましたが、当初の反応は『国による法律化を要望するのが筋です』といったものでした。そこで私は無理強いしませんでした」

「時間を空けて2度、3度話すと私の本気度も伝わり、届け出制でどうかと提案がありました。私は許可制に意味があると伝え、所管部署は市町村へのアンケートに動きました。しばらくすると人員の拡充についての要望もありました。この時点で既に本人たちの仕事になっているのです。最終的には私の描いていたものよりも良い形で職員が条例をつくってくれました」

探りを入れ、理解得る

――そのような人との関わりかたはどこで身についたのでしょうか。

「父の仕事の関係で子どもの頃は千葉県浦安市や神戸市などを転々としました。行く先々では既に交友関係ができあがっています。そこに溶け込んでいくことには苦労もありました」

「ただ当時の経験が糧となり、コミュニティーの中に入っていったり、友人関係・パートナーシップを作ったりする力に関しては結果的にはプラスだったのかな、とは思っています」

――当時からリーダーとして先頭に立ちたいという思いはありましたか。

「生徒会長とか皆を代表するようなポジションは好まなかったし、そんな性格でもありませんでした。ただ、人と接することは好きで、友達グループで遊びに行く先を計画するような活発な子どもでした」

「実はいまの仕事に大きく役立っているのは新卒で入社したNTT時代の経験。配属先の企画部で個人向け事業の調整業務を主に担当しました。NTTのような半官半民チックな巨大組織の意思決定の過程を見たことや組織間の利害調整を新人の段階で経験できたことは大きな糧です」

「何かを決定する際もいきなりではなく、ちょっとした立ち話で事前に予告をしたり、根回しをしたりすることで相手の理解が得やすくなるというのは肌で感じてきました」

(千葉支局 丹田拡志)

くまがい・としひと 1978年、奈良県に生まれる。高校時代を兵庫県で過ごし、阪神大震災で被災。同じ被災地でも自治体によって被害状況や復興の要領が異なる現実を目の当たりにし地方自治を志す。2001年早大政経卒、NTTコミュニケーションズ入社。07年から2年間千葉市議を務めた後、市議会議員1期生として異例の市長選に出馬し、歴代最多票を獲得して当選した。21年に千葉県知事に転身。就任後、防災県の確立に向けて県内54市町村との連携強化に奔走する。

お薦めの本

銀河英雄伝説(田中芳樹著

銀河に進出した人類が貴族が支配する帝国と共和主義の同盟の二陣営に別れ戦うSF。宇宙時代を背景に、専制君主制と民主主義それぞれのリーダーをどう評価すべきか考えさせられる1冊。

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