親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる、熊本市にある慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』に開設初期の頃に預け入れられ、10代になった少年が熊本を訪れた。「自分の生い立ちを知りたい・・・」少年の思いに熊本市の児童相談所が応えた。(少年のプライバシーに配慮し写真を加工し掲載)
『ゆりかご』に預けられ成長した少年
2024年7月下旬、夏休みを利用して親子が東日本から熊本にやってきた。10代の小林祐也さん(仮名)とその母・沙世さん(仮名50代)。
この記事の画像(24枚)――自分の意思でまた熊本に来ようと?
小林祐也さん(仮名10代):(うなずく)
親子が熊本にやって来たのは3月以来だ。祐也さんは生後3カ月のとき、親族によって慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』に預け入れられた。『ゆりかご』開設初期のころだ。
その後、身元が分かったため、祐也さんは地元・東日本の児童相談所に移管され乳児院へ。2歳で小林さん夫妻に迎えられ14歳のとき特別養子縁組を結び3人は親子となった。
母・沙世さんは祐也さんが幼いころから、生みの親が別にいることや『ゆりかご』に預け入れられた事実を隠すことなく伝えてきた。
――自分のこと知りたい?
小林祐也さん(仮名10代):知りたい
――知らないままでいい、でなく?
小林祐也さん(仮名10代):知りたい。自分が嫌と思っても知りたい。それが事実だとしたら
今10代になった祐也さんは、「自分がなぜ『ゆりかご』に預け入れられたのか」や「生みの母のこと」などを知りたいと思っている。
小林沙世さん(仮名50代):しんどいときに相談できる所が本当に少なくて、里親仲間で相談しててもらちがあかなくて。深い悩みの部分では『ゆりかご』独自のものが、確かにあると思うんですね
「お母さんの情報はお母さんのもの」
祐也さんは2024年3月に両親とともに熊本を訪れ、『ゆりかご』を通して自分と関わった当時の慈恵病院看護部長・田尻由貴子さん、そして同じく当時の熊本中央児童相談所課長・黒田信子さんらと対面した。
小林祐也さん(仮名10代):預けられた時の様子とかを知りたい
黒田信子さん:個人情報というのは、祐也さんの情報は祐也さんに知る権利がある。でも(産んだ)お母さんの情報をどこまで出すかというのは、まだはっきり決まってないんですよね。それはお母さんの情報だからと。そこははっきり決まってなくて
3月の熊本訪問で、祐也さんは実の母の情報を得ることはできなかった。
再び熊本を訪問し熊本市児童相談所へ
あれから4カ月、祐也と母・沙世さんの姿が再び熊本にあった。
――今回の熊本入りの目的は?
小林祐也さん(仮名10代):一番は、熊本の児童相談所に行って、書類があると聞いたのでそれを見せてもらうこと
祐也さんは今回初めて、熊本市の児童相談所に向かう。また、祐也さんが、母の沙世さんと再び熊本を訪れたのにはもう一つ理由があった。熊本市で開催された里親研修大会だ。
小林沙世さん(仮名50代):慈恵病院のある熊本だからこそ学べるものがあるのではないか。他の『ゆりかご』の親御さんたちともつながれたらいいなと思っていますし、ゆくゆくは『ゆりかご』の子どもたちが集まって、それぞれが思ってきたこととか、いろんなことを打ち明けられて、ともに大きくなっていく、そういう集まりがあってもいいんじゃないかなと思っています
大会2日目から参加した祐也さん親子は、里親家庭で育ち自立を果たした青年の実体験などに耳を傾けた。会場で、祐也さんたちはある男性に出会った。自らを『ゆりかご』に預け入れられた子どもと公表している熊本市の大学3年生・宮津航一さんの父・美光さんだ。祐也さんは同じ境遇の航一さんを『兄』のような存在と慕っている。
宮津美光さん:がんばってな。応援してる(祐也さんと握手を交わす)
小林沙世さん(仮名50代):よかったね。レジェンドみたい。いいお父さんだね
小林祐也さん(仮名10代):(うなずく)
里親家庭支援センター優里の会・黒田信子理事長:わざわざ来てくださって会えて、少し大きくなって大人になった感じが見られて、とてもうれしかったです
祐也さんは、3月に話を聞いた黒田信子さんとも再会し、里親研修大会を終えた後に熊本市児童相談所へ向かった。
児相に残された資料 そこにルーツは
慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』には2007年の開設以来続くルールがある。赤ちゃんが預け入れられると、病院はまず熊本市児童相談所と警察に連絡、警察は事件性がないかを確認し、児童相談所は可能な限り赤ちゃんの身元を調査する。
今回の訪問は、祐也さん親子が児童相談所に残る当時の資料を見たいと依頼し、これに熊本市児童相談所が応じ実現した。
小林祐也さん(仮名10代):他にきょうだいがいるというのは聞いているので、今元気かなというのと、実母が今どんな感じで過ごしているのか、元気か、とかそういうのを知りたいです
約1時間後、祐也さん親子はこの日、ゆりかご預け入れ時の記録や祐也さんのその後の措置などに関する資料を見ることができた。
小林祐也さん(仮名10代):本当にいろんな人が関わっているというのがすごく分かりました
小林沙世さん(仮名50代):当時働いていた方々の思いがすごく伝わってきて、いろんな人が一人の子どもの命を守るために、記録を残そうと努力してくださったんだなということがよくわかりました
――今回の対応は市としての判断?
熊本市児童相談所・古閑えりか副所長:そうですね。私どもは特別養子縁組になられたお子さんや、児童相談所で関わっていたお子さんとは、引き続き何らかの相談・支援活動をしていくのは必要だと思っています。厳密には管轄の問題などあるんですが、熊本市児童相談所としてできることはやっていくべきだと考えていますので、その考えのもとでやらせていただきました
小林沙世さん(仮名50代):生い立ちにつながるような(祐也さんの)ルーツの話はファイリングにはない。今回もなかった。(『ゆりかご』に)名前を名乗らないで預け入れるという線引きと、子どもの命を守るということが、ちゃんと決められているからこその資料。この子の資料しか入っていませんでした
資料は時系列にまとめられていたそうだが、今回も祐也さんは生みの母の情報に触れることはかなわなかった。
小林祐也さん(仮名10代):来てよかったなと思いました。前に(熊本に)来たときに知ったことを詳しく知れたのでそれが一番よかったかなと思いました。(「ゆりかご」に)預けてくれてなかったら、今の自分はないので、ありがとうという気持ちがあります
自分の意思で再び熊本にやってきた祐也さん、今回の経験を胸に帰っていった。
少年「心に余裕持てるようになった」
今回、祐也さん親子にゆりかご預け入れ時の資料を見せた熊本市児童相談所は、TKUの取材に対し、「今後も当事者が資料を見たいと言った場合には、一定のルールはあるものの、今回と同じように、県外のお子さんにもできるだけ対応したい」としている。
そして祐也さんは、求めていた情報を得られたわけではなかったものの、今回自分に関する資料を見たことで「心に余裕を持てるようになった」と話していた。祐也さんは今、生い立ちの空白を埋めるため、一つ一つステップを踏んでいる。
【前編】の『出自を知る権利』について当事者などの議論は以下の記事で
「自分の生い立ちを知りたい」預けられた赤ちゃんの『出自を知る権利』議論 一人の少年がルーツ求め熊本へ【前編】
(テレビ熊本)
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