頼りになる3つの公的支援制度
日本人の2人に1人がかかるとされるがん。検査や治療法が発達し、5年、10年と生存できるケースも増えてきた。その一方で、がんとともに生きるなかで医療費が積み重なり、それにより経済的な負担が増える問題も表出している。
「高額化する治療費を賄うときに頼りになるのが、公的な支援制度です」と、特定社会保険労務士の近藤明美さんは話す。
覚えておきたい制度は3つ。一定額を超えた分の医療費が払い戻される「高額療養費制度」、休業中に給料の3分の2(例外あり)が支給される「傷病(しょうびょう)手当金」、現役世代でも受け取ることができる「障害年金」だ。
これらは組み合わせることもできる。NPO法人「がんと暮らしを考える会」の副理事長でもある近藤さんは、以前、治療費の相談があった患者の例を挙げる(プライバシーに配慮し一部を変えています)。
サービス関係の企業に勤める男性Aさん(40代)は、がんによる体調不良のために休職し、傷病手当金を受給しているものの、収入が減って家計が厳しくなった。毎月の医療費の負担に加え、住宅ローンもあった。
近藤さんは高額療養費制度の「付加給付」について情報提供するとともに、ファイナンシャルプランナー(FP)と連携して家計についてアドバイスしてもらった。
「傷病手当金が受給し終わっても復職できない場合や、フルタイムでの勤務が難しいなど仕事に支障がある場合は、障害年金の請求を検討することになります」(近藤さん)
公的制度で医療費の一部が戻る
それぞれの特徴をもう少し詳しく見てみると次のようになる。
高額療養費制度は、収入や年齢に応じて1カ月間の医療費の自己負担限度額が決められていて、それを超えた自己負担分が後で払い戻される。払戻金はその人の年齢や年収などで異なる(金額の例は後述)。
また、勤務先が加入している健康保険組合によっては、自己負担限度額の一部を保険者が出す付加給付制度という独自の制度もある。すると、数カ月後に戻ってくる金額が大きくなる。
さらに、家族が支払った医療費と合算したもので高額療養費制度を利用できる「世帯合算」や、医療機関で医療費を支払う際に見せることで、自己負担限度額を超える支払いが免除される「限度額適用認定証」という仕組みもある。認定証は事前の申請が必要だ。
高額療養費制度は、具体的には次のようになる。
ある月に100万円の医療費がかかった場合、健康保険によって3割負担となり、支払いは30万円となる。ここに高額療養費制度が適用されると自己負担限度額が8万7430円のため(70歳未満で500万円の年収のケース)、30万円から8万7430円を引いた21万2570円が払い戻される。
事前に申請して限度額適用認定証を提示すれば、払い戻しのスキームではなく、窓口での支払い時点で一定限度額までですむ。
傷病手当金は、会社員や公務員などが、①業務外の病気やけがによる休業②仕事に就くことができない③4日以上の休業(連続する3日間を含む)④この間給与が支払われない――という4条件を満たすと、同一傷病であれば通算1年6カ月まで支給される。
1日あたりの支給額の例は、「直近12カ月の標準報酬月額の平均の30分の1に相当する額の3分の2」。大まかに言えば、給料を日割りにした額の3分の2、ということだ。
加入する健康保険組合などに申請が必要となる。
障害年金は、病気やけがによって日常生活や就労が制限されるようになった場合に支給され、65歳未満の人も受け取れる年金である。初診日にどの年金(国民年金または厚生年金)に加入していたかや、障害の状態により、金額は変わる。
国民年金に加入していた場合は障害基礎年金(1級または2級)で、「必ずしも他人の助けを借りる必要はなくても、日常生活は極めて困難で、労働によって収入を得ることができない状態(2級)」に、年間約80万円が支給される。市区町村役場の窓口に請求する。
厚生年金に加入していた場合は障害厚生年金で、障害の程度によっては障害基礎年金も併せて受給できる。年金額は、年金加入期間や過去の報酬などに基づいて計算した金額が基本となる。
最寄りの年金事務所、または街角の年金相談センターに請求が必要だ。
例えば、障害の程度が「労働が著しい制限を受ける、または、労働に著しい制限を加えることを必要とするような状態(3級)」の最低保証が年間約60万円とされている。
「知らなかった」「手続き忘れた」は×
また、がんに限らず、1年間にかかった医療費が一定額(10万円、所得の合計額が200万円未満の人はその5%)を超えた場合、その額が所得から差し引かれ、税負担が軽くなる医療費控除制度もある。
これは、年度末の確定申告で税務署に申請する必要がある。
「制度を利用するには、原則として患者さんが申請、請求しなければなりません。こうした制度の大きな問題は、誰かが『申請したほうがいい』と教えてくれるわけではないということ。知らなかったり、忘れていたりするともらえないので注意したいところです」(近藤さん)
知りたい情報はインターネットで探せる時代だ。まず自分で調べるとしたら、がん情報サービスや、がん制度ドック、がんと働く応援団(がん防災)などのサイトを活用するといい。
ただし、病名で検索できるがんの治療法と違って、がん治療に関係するお金にまつわる制度名は、「キーワードを知らないと検索サイトでヒットせず、正確な情報にたどり着けないのが、一番のボトルネック」(NPO法人「がんと暮らしを考える会」理事長の賢見卓也さん)だ。
その場合、がん診療連携拠点病院であれば、がん相談支援センターが設置されているので、そこのメディカルソーシャルワーカーに聞いてみたり、自治体の相談窓口で問い合わせたりするのがいいだろう。
知っておきたい「情報」まとめ
【調べるサイト①がん情報サービス】 国立がん研究センターが運営するサイト。個々のがんの情報や統計、支援制度に関して網羅されている。
https://ganjoho.jp/public/index.html
【調べるサイト②がん制度ドック】がんの部位、病状や体調、今後の仕事の展望など、大まかな状況をプルダウンメニューから順次選択していくと、利用可能な公的支援制度や民間サービスが表示される。
https://www.ganseido.com/
【調べるサイト③がんと働く応援団】がんに対する普段の備えや、治療と仕事を両立できるような対策を「現役世代のためのがん防災マニュアル」としてまとめている。両立の経験談も掲載。
https://www.gh-ouendan.com/
【主な相談場所①医療機関の相談窓口】全国にある「がん診療連携拠点病院」などには「がん相談支援センター」が設置され、生活や就労などに関してメディカルソーシャルワーカーらが相談に乗る。医療機関によっては「医療相談室」「患者サポートセンター」などの名称のこともある。
【主な相談場所②地元の自治体など】生活困窮者自立支援制度があり、自治体や委託先の社会福祉協議会などが事業を行っている。専門の支援員が、就労支援、家賃保証、家計管理、子どもの教育など、包括的に相談に乗る。
がんと暮らしを考える会では、社会保険労務士とFPが医療機関に出向いて、相談を受ける取り組みを行っている。現在、東京、埼玉、千葉、兵庫の大学病院などで相談に応じている。
「がんと診断されたばかりで整理ができていない状態のときに、専門家から話を聞くことで何が必要なのか、これからどうすればいいのかといったことが整理できます」(賢見さん)
ここまで公的な支援制度について見てきたが、「健康保険などの社会保障制度は、給付と負担のバランスの上に成り立っているので、すべてを賄うことは期待できません。個人の状況に合わせて自ら備えることも必要です」(前出・社労士の近藤さん)という側面はある。
個人の備えで代表的なのが民間の医療保険・がん保険だ。
加入についてはさまざまな考え方があるだろう。例えば、がん保険は不要、いざとなったときは貯蓄で補えるという考え方もあれば、万が一のためにがん保険に入っておきたいという考え方もある。
民間保険の入院1日あたり5000円、1万円といった給付金や、診断時に受け取る一時金がセーフティーネットとして機能するとも考えられる。
いずれにしても、「加入時の商品特性が、医療の進歩に合致しなくなることがあります。おおむね5年ごとに見直し、必要に応じて今のがん治療に即した特約などに変更するとよい」と、一般社団法人「がんと働く応援団」共同代表理事で、自らも乳がん経験者である野北まどかさんのアドバイスだ。
契約の転換などで不利になることもあるため、FPに相談するなど、よく考えて検討したい。
フリーランスの人はどうする?
一方で、フリーランスの支援についてはどうだろうか。
前出の企業などが加入する健康保険組合から支払われる傷病手当金はない。野北さんとともに「がんと働く応援団」を立ち上げた吉田ゆりさんは、「傷病手当金に代わる制度で利用できるものがあるか、正しい情報源を知っておくとよい」という。
「生活困窮者自立支援制度(前出)は、家賃や税金についてなど、幅広く固定費の相談ができるのが特徴です。また、個人事業主などが加入できる『小規模企業共済』(独立行政法人中小企業基盤整備機構)には、それまでに納めた掛金の範囲内で借り入れができる制度もあります」
※がん治療に伴うお金の問題を取材した「がんとお金」を3日間にわたってお届けします。今回は2回目です。1回目:「医療費120万円」がん患う母が嘆く"負担の重さ"
3回目:「がん診断で退職」待つのは"収入無"の新たな問題
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