岸田文雄首相は2022年から3年連続でNATO首脳会合に出席した。マドリード、ビリニュス(リトアニア)、ワシントンという、いずれも遠隔地であったことを考えれば、相当な外交的コミットメントだといえる。他方のNATOも、22年2月からのロシアによるウクライナ全面侵攻によって、欧州正面で対ロシアの抑止・防衛態勢強化が迫られる中で、インド太平洋諸国首脳とのセッションの開催を継続していることは注目に値する。

本稿では、日本とNATOが接近するそれぞれにとっての背景を概観し、実態として進む欧州主要国によるインド太平洋への軍事的関与の意味を確認する。そのうえで、欧州と日本を含むインド太平洋地域の安全保障上のリンクを、それぞれの地域における有事シナリオに照らして分析し、日本とNATOでいかに抑止力を高めることができるかについて考えることにしたい。

結論を先取りすれば、日本とNATOは従来の実務的協力を越えて、抑止の強化のための協力を見据えることが求められている。順にみていくことにしよう。

国際秩序への日本の危機感

日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中で、日本は対北朝鮮や尖閣諸島など、日本周辺地域の問題に防衛資源を傾注すべきだとの声がある。アデン湾での海賊対処も、遠隔地域にある諸国との共同訓練も資源の無駄遣いであり、「そんな余裕はない」というのである。国内ではそうした「ジャパン・ファースト」とでも呼べる声が小さくない。

しかし、過去3年の岸田政権はそれに抗ってきたといえる。岸田首相は、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と繰り返し指摘し、例えばウクライナ支援やロシア制裁にも、強い姿勢で取り組んできた。これは、ウクライナに対する人道的な連帯であると同時に、ロシアのウクライナ侵攻のようなあからさまな力による現状変更が許される世界では、日本の平和が維持できないとの国益に基づく認識によるものである。民主主義国家はすぐ諦めるとロシアや中国に認識されることも、日本にとっては避ける必要があった。

2022年12月に発表された日本の「国家安全保障戦略」は、ロシアによるウクライナ侵攻を指して、「同様の深刻な事態が、将来、インド 太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない」とした。これは、「グローバル・ジャパン」と呼べる、幅広い国際関与が日本の国益に不可欠であるとの理解につながる。NATOとの関係強化は、まさにこの文脈だといえる。

中国、北朝鮮へのNATOの危機感

他方のNATOがインド太平洋に関与する理由も明確である。欧州を含むNATO諸国の安全保障が、インド太平洋地域での出来事に影響を受けるからである。しかもその度合いが高まっている。いくら対ロ抑止・防衛態勢の強化に忙殺されていても、自らの利益のために、インド太平洋を無視することができなくなったのである。これは、2010年代後半から徐々に進んできたプロセスである。端的にいって、欧州の対中認識が厳しくなった。

こうした認識がさらに変化したきっかけが、ロシアによるウクライナ全面侵攻だった。当初、ロシアと中国の協力は漠然とした懸念だったといえるが、戦争が続く中で、中国による半導体などの対ロ輸出がロシアの兵器生産を支えている実態がより顕著になった。加えて、北朝鮮が大量の砲弾やミサイルなどをロシアに供給していることも明らかになった。

そのため、24年7月のワシントンでのNATO首脳会合文書は、中国はロシアの戦争における「決定的な支援者(a decisive enabler)」になったとし、NATOに対するロシアの脅威を中国が高めているとして、強い懸念と反発を表明した。そして同文書は、北朝鮮の対ロ武器輸出を「強く非難」している。

ロシアと中国、北朝鮮との連携強化が、NATOに対する具体的な問題として浮かび上がったのである。結果として、NATOとしてインド太平洋に関与することの必要性が上昇することになった。

欧州各国のインド太平洋への軍事関与

そして、2024年は、ドイツ、イタリア、フランス、スペイン、英国、オランダなどが相次いで海軍艦艇や空軍の戦闘機や輸送機を日本に派遣することになった。特に6月から8月にかけては、まさに「欧州来訪ラッシュ」といえる状況になった。


航空自衛隊百里基地(茨城県)で記念撮影する空自(左)とフランス空軍=2024年7月(同基地のXから)

第1の特徴は、海上戦力と並ぶ航空戦力の展開である。従来、欧州諸国のインド太平洋展開で中心的な役割を担うのは海軍だった。艦艇は遠方に展開しやすいアセットだが、規模の小さな欧州各国の海軍にとって、数カ月から半年にもおよぶインド太平洋展開は大きな負担である。そこで、存在を増しているのが空軍である。

空軍も、戦闘機を展開するには、途中の行程を支える空中給油機や、必要となる整備のための要員や部品などのための輸送機が必要になり、戦闘機のみで気軽に展開できるわけではない。それでも、数日でインド太平洋に到達できる機動力は侮れない。実際に有事の際の対応を考えると、情報収集や自国民保護などの観点で、艦艇よりはまず航空機を派遣する可能性の方が高い。その必要性と能力は、仏領ニューカレドニアで24年5月に発生した暴動に対して、フランスが戦闘機と輸送機を緊急派遣して対応にあたったことですでに証明されている。

第2に、各国の派遣部隊がより実戦的なものになっている。海軍艦艇の派遣の場合、最初は、いわゆる「親善訪問」や「親善訓練」という位置付けになることが多いが、回を重ねるごとに、より中身が増していく。例えば台湾有事や朝鮮半島有事を念頭においた能力の確認という要素も含まれるようになる。フリゲート艦に加えて、空母や強襲揚陸艦の派遣も目立っている。

問題は、こうした欧州諸国のインド太平洋地域への軍事的関与を日本がいかに「活用」できるかである。欧州諸国に対して、「インド太平洋の安全保障に関心を持つように」と、長年にわたって働きかけてきた日本にとっては、まさに千載一遇の好機で、言葉は悪いが、「鴨がネギを背負って来る」ようなものである。にもかかわらず、欧州側ではなく日本側の事情で、より真剣で高レベルの共同訓練ができないとすれば大きな損失だといえる。

加えて、欧州諸国の海空軍がインド太平洋という遠方への展開でさまざまな経験を積み、それを能力向上に生かしているとすれば、その内容には日本も関心があるはずだろう。さらに、日本としても、同様の展開をできる態勢を構築することが、地域における有事対応にとっても重要である。

有事シナリオにおける欧州とインド太平洋

ただし、欧州とインド太平洋の間の安全保障関係強化には懐疑的な声もある。軍事的アセットが地域間で「取り合い」の構図になってしまうというのである。米国はロシアではなく、より大きな挑戦である中国への対応に傾注すべきだとの主張が主に米国で聞かれるほか、日本でもそれを期待する声がある。

実際、こうした地域間の優先順位やトレードオフに関する問題は深刻である。武器弾薬の製造能力が米国でも逼迫(ひっぱく)し、ウクライナへの支援を継続する結果、米軍の武器弾薬の在庫レベルが低下していることは、インド太平洋での有事を考えれば懸念すべきである。

さらに、台湾で米軍が直接関与するような有事が発生した場合、米国は、さまざまなアセットを、欧州を含めた世界各地から引き抜き、インド太平洋に集結させる必要が生じる。欧州のNATO諸国は、台湾有事に自らがいかに関与するかを考える前に、インド太平洋への大規模派遣による米軍の穴をいかに埋められるかが喫緊の課題になるはずである。こうしたシナリオを、NATOの防衛計画に入れて対応を進める必要がある。

ただし、この問題は両方向である。仮に、たとえばバルト諸国がロシアに侵攻されるような事態が発生すれば、NATO防衛のために米軍の大規模展開が必要になる可能性が高い。そうすれば当然、インド太平洋における米軍の態勢も影響が避けられない。お互いさまなのである。日本やその他の米国の同盟国は、この点を考慮しておくことが求められる。

欧州が主として大陸であるのに対して、インド太平洋は基本的に海洋であるため、必要となるアセットが完全に重なるわけではない。しかし、情報収集・警戒監視・偵察(ISR)のための各種航空機や無人機、水上艦艇や潜水艦、防空システム、ミサイルなど、欧州とインド太平洋の両方で必要となる装備は少なくない。加えて、米国でもそれらは不足しがちなのである。

いかに抑止を強化するか

こうした現実を踏まえ、日本とNATO──さらには、オーストラリアや韓国といった、インド太平洋地域の米国の他の同盟国を含めて──にまず求められるのは、一方の地域における、米軍の関与が必要となるレベルの有事の発生が、他方の地域にいかなる影響をおよぼすのかに関する、徹底的なすり合わせである。それに基づき、決定的に重要な装備が不足しないような方策を練る必要がある。

この備えこそが、地域を超えた抑止の基礎になる。特定の装備を地域間で「取り合う」のではなく、影響を抑え、可能な際には補完し合う体制を構築することが求められている。NATOと日本、オーストラリアなどは、そうした体制づくりの基盤になる。

日本とNATOとの間で従来からおこなわれているさまざまな実務協力は、引き続き重要だが、地域を超えた抑止の強化をいかに進めるかという課題においてこそ、両者の関係が最も必要とされ、また試されることになる。目標を高く持ち、抑止を見据えるときだろう。

(2024年8月26日脱稿)

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