候補者が当選を目指さず、他の候補を応援する――。斎藤元彦氏(47)が再選した兵庫県知事選は、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏(57)が異例とも言える選挙戦略を展開した。こうした行動は、合法性、公平性の観点から認められるのか。総務省や専門家に取材した。

 知事選が告示された10月31日の午前9時半、立花氏は神戸市中央区の阪神西元町駅近くの広場にいた。斎藤氏の第一声会場だ。目の前で斎藤氏の陣営がガンバロー三唱を始めると、立花氏も拳を突き上げた。そしてつぶやいた。「他候補のガンバロー三唱するって、前代未聞やな」

 知事選の原因となった内部告発文書問題は3月、県の元県民局長(当時60、7月に死亡)が、斎藤氏のパワハラや物品の受け取り疑惑などを匿名の文書で報道機関や一部の県議に配布したことが発端だった。

 斎藤氏は告発を把握すると告発者捜しを部下に指示し、3月下旬の記者会見では「(文書は)うそ八百」「公務員失格」などと非難。月末で退職予定だった元県民局長の人事も取り消し、内部調査だけで懲戒処分と判断した。公益通報者保護法に違反する疑いがあると指摘される。最終的に、斎藤氏は県議会による全会一致の不信任決議を受けて失職した。

 こうして迎えた今回の選挙戦で、立花氏は次のような選挙運動を繰り広げた。

 街頭演説の会場は事前にSNSで公表する▽斎藤氏の演説の前後に同じ場所でマイクを握る▽斎藤氏に対する内部告発文書を「あれは内部告発ではない」などと主張し、「パワハラ」や「おねだり(物品の受領)」も否定する▽「メディアが言っていることは何かおかしい」「(斎藤氏は)悪いやつだと思い込まされている」などと聴衆に訴える――。

 そして、決まり文句は「僕に(票を)入れないでくださいね」だった。演説後は聴衆からの質問に答えたり、記念撮影に応じたり。多くの人は、立花氏と斎藤氏の演説をセットで聴いていた。選挙ポスターには「前知事は、犯罪も違法行為もしていませんでした」「テレビの情報だけではなく、インターネットで調べてみてください」などと書いて掲げた。

 立花氏の演説を聞いていた神戸市長田区の会社役員の男性(49)は、「斎藤さんのイメージは悪かったが、立花さんのユーチューブを見て考えが変わった」。西宮市の女性(76)も「立花さんは正義感が強いし、勇気をもって主張しているってわかる」とし、斎藤氏の支持を決めたと語った。

 ネット上での発信にも力を入れた。

 街頭演説の様子は、陣営がユーチューブで配信。自身が兵庫県内にいない日も含めて、「5分でわかる【兵庫県知事選挙の真実】 真実VSデマ ネットVSオールドメディア 正義VS悪」と題した動画を配信するなど、動画サイトやSNSをフル活用した。

 斎藤氏を応援するなら、なぜ立候補する必要があったのか。

 立花氏は立候補の表明会見で「当選を目標にしなきゃいけないんだって思い込んでいる常識をちょっと覆したい」とし、「選挙って効率いいんですよ。やはり選挙に出るからユーチューブを見てもらえる」と語った。さらに、告示後の街頭演説では「影響力が違う。(ユーチューブなどと)選挙に出て堂々と言うこととは、重みが違うじゃない」とも話した。

 選挙結果は約111万票(得票率約45%)を獲得した斎藤氏に対し、立花氏は約2万票(同約1%)だった。

 立花氏の「効果」について、斎藤氏陣営の一人は「『神風』が吹いた一要因であるのは間違いない」と認める。一方、約14万票差で敗れた兵庫県尼崎市前市長の稲村和美氏の陣営関係者は、「こちらが1馬力、あちらは2馬力で走った選挙戦だった」と表情を曇らせた。

 公職選挙法は、選挙の公平性を担保するために候補者1人あたりのポスターや選挙カーの数などを制限している。総務省選挙課は「法解釈上、候補者は他の候補者の選挙運動ができない」と説明。立花氏の活動については、「違反しているかどうかはわからない。警察が事実に基づいて判断していくものだ」とした。

 専門家からは疑問の声が上がる。

 これまで多くの知事選挙に関わった選挙プランナーの三浦博史氏は、立花氏の戦略が「斎藤氏に対する『判官びいき』に火をつけ、強烈な追い風となったはずだ」と見る。

 投票率は前回を約15ポイント上回る55.65%だった。「選挙が盛り上がるのは良いことだ」との見解を示しつつも、「2馬力」については「フェアとは言えない。これが許されれば、誰かを当選、落選させる狙いで複数人で立候補し、ポスターや選挙カーを増やした選挙運動が可能になる」と問題視。「本人の当選を目的としない立候補は認めない旨を公選法に明記すべきだ」と語った。

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