衆院政治倫理審査会の冒頭、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件について陳謝する岸田文雄首相=国会で(代表撮影)

 「期待値を超えよ」  大学時代に所属した政治学のゼミの指導教授がよく口にした言葉だ。周囲の期待値を超えるよう努力を続けていれば、それを評価する人が現れ、次のステージにつながっていく。仕事の心構えのようなものだと理解している。就職して四半世紀たっても、時々思い出し、自省し、へこむ。  しがない会社員の心構えと、選挙で有権者の負託を受ける政治家を並べて論じるのはおこがましい。それでも、政治家は有権者の期待値と向き合い、超えていかなければならない仕事だと信じる。  期待値から大きく乖離(かいり)する結果は「サプライズ」と呼ばれ、評価されることもある。岸田文雄首相は「サプライズ好き」と思われている。  派閥の裏金事件を受け、首相は1月、岸田派の解散を打ち出した。自派閥への愛着がとりわけ強いと思われていたが、他派閥も巻き込んだ解散に道筋をつけたサプライズは、それなりに評価された。  2月、首相自ら衆院政治倫理審査会に出席したのもサプライズだった。国民は特に期待していなかったが、出席に後ろ向きだった安倍派幹部らを引きずり出した。  低迷する内閣支持率がなかなか上向かない首相は、裏金事件に端を発した政治改革に向き合っている最中だ。  「国民に驚かれるくらい踏み込んだ改革になれば、首相の信用も回復する」(閣僚経験者)との声はあるが、これまでのところ、首相が真相解明や政治改革で指導力を発揮しているか疑わしい。「火の玉」や「命懸け」などの言葉は躍るが、国民は冷ややかに見ている。低い期待値を超えようとする誠実さも気迫も伝わってこない。  自民党に対する国民の強い憤りは、4月の衆院3補欠選挙の全敗につながった。政権交代を望む世論も高まりつつある。内閣支持率の回復には、政治改革を巡る議論で国民が納得する案を主導するくらいしか残されていない。  首相は、期待値を超えていかなければ次のステージに進めない局面に立っている。今必要なのは、国民に対して誠実なサプライズだ。  「期待値を超えよ」と説いた政治学の教授はその後、政治家に転身した。熊本県知事を4期16年務め、先月退任した蒲島郁夫氏だ。退任前の県民の支持率は約8割。16年間の県政の末期としては「驚異的な数字」(熊本県議)だ。  蒲島氏は「県民総幸福量の最大化」を県政の目標に掲げていた。ゆるキャラ「くまモン」の活躍も、地震や豪雨災害からの創造的復興も、世界最大級の半導体メーカーの工場進出も、県政の目標を具体策に落とし込み、県民の期待値を超えてきたのだろう。  退任直前、恩師に高い支持率の理由を尋ねてみた。  「県民、県議会、県職員に誠実に向き合って、信頼関係が築けていたから」  首相も参考にできることはないだろうか。 

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