気付けば今年も憂鬱な季節がやってきた。そんな梅雨の風物詩はアジサイだけではない。あの生き物を忘れてはならない。一見するとグロテスクではあるが、ノロノロと進む姿が愛らしい。俳句でも夏の季語として親しまれてきたが、最近あまり見かけないような気がする。背景を探ってみた。
「見かけないと実感しています。身近な生き物だったのでさみしいですね」
貝類の寄生生物を研究する東邦大理学部の脇司准教授(寄生虫学)が、そう言及するのはカタツムリのことだ。
乾燥が大の苦手
カタツムリはデンデンムシやマイマイと呼ばれる巻き貝の仲間で、背中に大きな殻を背負って外敵や乾燥から軟らかい体を守っている。日本人が童謡で幼い頃から慣れ親しんできたカタツムリだ。
6~8月に活動的になり、ジメジメした落ち葉や朽ち木の裏を好む。日本には現在約800種類が生息しているという。
脇さんによると、推定個体数などを調べたことはないため、実際にどれほど数を減らしているのかは不明だ。では、なぜカタツムリを目にする機会が減ってきたと感じるのだろうか。脇さんは「乾燥化」をキーワードに挙げる。
都市化によってコンクリートやアスファルトが増えると街の風通しが良くなり、乾燥化も進む。緑豊かな公園でもカタツムリのすみかとなる落ち葉を、ブロワーと呼ばれる送風機で清掃する場面もよく目にする。
体のほとんどが水分のカタツムリは、乾燥が大の苦手。そのため、粘液をまとったり殻に入ったりして乾燥から身を守っている。
人間にとっては利便性や快適性を向上させる行為が、カタツムリにとっては死活問題になり得るのだ。
「出無精さ」が育んだ地域性
「市街地に新たに造られ、いろいろな木や生き物がいる公園がありますが、そこにはカタツムリはほとんどいないですね」
カタツムリに魅せられて約55年。滋賀県立琵琶湖博物館の中井克樹・特別研究員はこう指摘する。
中井さんによると、昆虫などと異なり、すみかを追われたからといって、また戻ってくる可能性はほぼないという。
カタツムリは「陸にすむ貝」であり、環境が変わったためにどこかに生息環境を移そうにも、ノロノロと時間もかかり、移動距離も限られる。うっかり「出歩く」とカピカピに干からびかねないのだ。
だが、この「出無精さ」がカタツムリのユニークさを育むことになった。
約800種に及ぶカタツムリ。札幌、東京、名古屋、大阪、福岡といった全国の主要都市間でもその種類は異なり、他の生き物にはあまりみられない豊かな地域性があるという。容易に移動できないために限られた環境内で生息せざるを得ず、それが豊かな地域性を生み出すこととなった。
「遺産」を受け継ぐために
「地域で育まれてきたまさに自然の遺産」。中井さんはカタツムリをそう表現する。
こうした地域性への影響があるため、カタツムリがいなくなったからといって、人の手で自然の枠組みを超えて移動させることについては「絶対にやめてほしい」と訴える。
都会でもカタツムリを見つけやすいのは「木立の残る神社や寺、あとは古くからある緑の多い住宅地」だという。雨続きで気持ちもふさぎがちな季節。童心に帰ってカタツムリを探してみるのはいかがだろうか。
海外では俊足競うレースも
一方、日本から遠く離れた海外でもカタツムリはむかしから愛されてきたようだ。
英国東部のコンガム村では7月6日、「世界カタツムリ選手権」が開かれる。
参加者が持ち寄ったカタツムリをぬれ雑巾の上の約33センチのコースに放ち、「走る」速さを競う。毎年、約150匹が出走するが、外来種の参加は認められない。
1960年代から続く伝統行事で、昨年の優勝者は7分24秒だった。95年は2分の記録をたたき出した「俊足」のカタツムリが現れ、そのギネス世界記録はいまだに破られていないという。
大会事務局のイアン・ヘインズさんは「曇天模様が多くてジメジメしているからね。こちらのカタツムリ人口は良好ですよ」と話した。【畠山嵩】
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