IGSが開発した電池検査装置。自動化したロボットと組み合わせて、大量の電池セルを画像診断する(写真=同社提供)

電気自動車(EV)の電池が炎上する火災リスクが顕在化している。6月には韓国のリチウムイオン電池工場で火災が起き、多数の死傷者が出た。EVシフトが進む中国では車両から発火する映像がSNS(交流サイト)上で多く出回り、米国でも米テスラ車などの炎上事故が度々取り沙汰されている。

電池火災事故が過去最高に

EVに搭載されているリチウムイオン電池は、可燃性の溶剤を電解液として使っている。強い衝撃を受けたりすると、電池内でショートして発火しやすい欠点がある。東京消防庁は7月末、リチウムイオン電池を搭載した電動自転車から出火する動画を公開し、注意を喚起した。2024年1〜6月には東京都内で電池による火災事故件数が過去最高を更新した。

新車販売に占めるEV比率が2%の日本では車載電池が炎上する事故はまだあまり問題視されていないが、安全性確保は今後EVが普及するうえで価格や充電インフラと並ぶ課題の一つとなっている。

EVの火災リスクはガソリン車と比べてどのくらい高いのか。米国の自動車保険比較サイトが運輸当局やリコールデータを基に調べたところ、10万台あたりの火災発生件数はハイブリッド車(HV)が最多(3474件)で、次いでガソリン車(1529件)、EVは25件だった。

国・地域によって事情は異なるものの、実際には必ずしもEVが突出して危険とはいえない。ある自動車アナリストは「EVは新しい技術・製品として登場したため、リスクが問題視されやすい段階にある。特に日本の場合、事故が1件でも発生すれば普及の妨げになる」と指摘する。

日産自動車は10年に世界に先駆けて量産EVの販売を始めて以来、「電池由来の事故はゼロ」と安全性の高さを打ち出してきた。独自のくぎ刺し試験や環境試験を繰り返し、海外メーカーのEVと比べて車載電池の安全基準を高く設定してきたためだ。一方、厳格な基準は電池の製造コストや車体価格の上昇につながる。日本製EVの競争力をそぐ一因にもなっていた。

液体を活用するリチウムイオン電池の構造上、発火はゼロにできない。電解質を固体にした「半固体」や「全固体」電池など、燃えない電池の開発競争も激化している。安全性は飛躍的に高まるものの、国内自動車大手が目指す次世代の全固体電池の投入は20年代後半ごろで、量産のめどは不透明だ。

電磁波を解析して、電気の漏れを検出

そんな中、現状のリチウムイオン電池の炎上リスクを抑える新たな検査技術も登場した。「国内外の車載電池大手や関連メーカーなど40社超と実現可能性試験をやっている」と話すのは、神戸大学教授の木村建次郎氏。物体に衝突して散乱した電磁波を解析することで、物体を「透視」する計算式を世界で初めて発見した。

研究成果を基に、12年にIntegral Geometry Science(IGS、神戸市)を創業し、技術を乳がん検査装置や防犯分野などに応用してきた。そして今は市場規模が大きい車載電池に照準を定め、電池の検査装置での実用化が間近に見えてきたところだ。

通常、リチウムイオン電池メーカーは電池を充放電して電圧の様子を検査するエージングという工程で不良品を検出して廃棄している。だがエージングだけでは全ての不良品を検出できないのがこれまでの課題だった。「電池は中で必ず電気が漏れているが、今までは高い精度で漏れを発見できなかった。その結果、数%程度の発火リスクを許容していた」(木村氏)。

EVの航続距離を伸ばすエネルギー密度の高い電池はリチウム含有量が多く、発火リスクを高める恐れがある。「安全性を優先する日本メーカーは電池の性能を抑える傾向があった」(同)。EVの性能が上がらないうえ、リスク低減のためのコストが高止まっているのが現状だ。

IGSの技術は、電池内部の電流を解析することで、異常な電流の流れを検出する。電池のセルを破壊することなく、センサーで画像診断する検査装置を追加すれば、「発火リスクを劇的に減らし、安全な電池を流通させることができる」という。電池の動作と寿命に影響する電流の密度分布を透視するため、不良の原因も正確に特定できる。将来的には全固体電池への対応も可能だ。

IGS創業者の木村代表取締役は、波動の散乱からモノの形状を計算する数学的な計算方法を世界で初めて発明した(写真=同社提供)

すでに日本の大手自動車メーカーから受注があり、24年からの試験導入を経て、26年に本格稼働する。1月にはSBIインベストメントに対する第三者割当増資と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの助成金交付により、約45億円を調達したと発表。海外の電池メーカーへの納入も見据え、調達資金は中国や韓国、欧州、米国への検査拠点の設立などに使う。

世界の車載電池市場は30年に25年比で6割増と拡大する見通しだ。中国で乱立していた電池メーカーは淘汰が進み、最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)など大手に集約された。さらに足元では世界のEV販売の伸びも鈍化しているが、木村氏は大手電池メーカーの設備投資ニーズは依然、旺盛だと話す。「電池トップメーカーは前のめりの投資が続いている」という。

電池製造では中韓勢が世界シェアを独占する中、検査分野では日本発の技術が存在感を発揮できるか。採用した電池の安全評価が実際に高まることが、その第一歩となる。

(日経ビジネス 薬文江)

[日経ビジネス電子版 2024年8月7日の記事を再構成]

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