さいたま市と埼玉県川口市にまたがる大規模緑地「見沼田んぼ」。県が保全のため開発を抑制してきた一帯では現在、「渋滞解消」を掲げて自動車専用道路建設の検討が進む。一方、道路建設が自然環境に与える影響や対策について、国などはこれまで明確な説明をしていない。生物多様性の保全が重視される中、専門家は「かつての開発思考が戻ってきたようだ」と警鐘を鳴らす。【岡礼子】
「半自然」の豊かさ
見沼田んぼはもともと湿地だったが、江戸時代の新田開発で水田となった。その後、減反政策などで畑に変わり、今も都市部を水害から守る遊水池の役割を果たしている。
一帯が原生的な自然だったのは昔のことだが、人の営みと共にある豊かな「半自然」が残り、生物の多様性も維持されてきた。
トンボ、カエル、スズメ――。昭和には当たり前に見ることができた生物が暮らせる環境がかろうじて残っており、日本自然保護協会の横山隆一参与は「農業環境がなくなることで絶滅の危機にひんする生き物が増えている。見沼田んぼの役割は、そういった生き物の保護区ではないか」と話す。
ルート上に「トトロの森」も
県は1965年、治水の観点から見沼田んぼを保全するための「見沼三原則」を制定。95年には「保全・活用・創造の基本方針」を策定し、人と自然の調和を目標に土地の利用基準を定めるなど、開発を規制してきた。
一方、「核都市広域幹線道路」の構想も94年に始まった。首都圏4都県の都市を結ぶ想定で、国から地域高規格道路の候補路線に指定された。
ルート上には県と東京都の境に広がる狭山丘陵もある。映画「となりのトトロ」の舞台のモデルの一つと言われ、所沢市の公益財団法人「トトロのふるさと基金」が森や湿地を少しずつ買い取り、「トトロの森」と名付けて保全している。
同法人理事長の安藤聡彦・埼玉大教授は「見沼の問題はひとごとではない」と懸念する。道路計画が持ち上がった約30年前も反対運動を展開。今回、いったん止まったように見えた計画が「揺り戻されたようだ」と言う。
所沢市は、20年後の町づくりを考える「都市計画マスタープラン」にルートを点線で書き入れており、「さいたま市の検討状況を注視する」(都市計画課)としている。
生態系保全は「国家戦略」
生物多様性の「保全」は世界的な目標だ。政府は2023年3月、生物多様性条約に基づき「生物多様性国家戦略」を閣議決定。30年までに世界の陸と海の30%以上で生態系を保全する目標「30by30(サーティー・バイ・サーティー)」に取り組む。トトロの森も環境省に認定された。
安藤教授は「保全する土地を集めようと言っている中で、今ある大規模緑地(見沼田んぼ)に道路を通す可能性があるのはおかしい。道路の必要性を含めて再検討すべきだ」と訴える。
横山参与は「見沼田んぼを守ることは国際的な方向性と一致し、国の戦略のメインストリームを歩くことになる。県が音頭をとって、見沼田んぼを湿地や池を中心とした自然公園にすることが最善の対応だと思う」と提案する。
市民らで作る「反対する会」は、オンライン署名サイト「Change.org」などで計画に反対する署名を募っている。
住民が求める「自然への配慮」
一方、国交省大宮国道事務所は、23年6月から24年2月に県内外の住民や企業にアンケートなどを実施。道路整備の必要性を感じるとする意見が約9割に上ったとしている。
ただ、道路への要望として、見沼田んぼがあるさいたま市の見沼区や緑区の住民からは「自然環境への配慮」を求める意見が相次いだ。緑区では全体の17%を占めて最も多く、見沼区でも15%で3番目だった(いずれも自由回答を集計)。
3月28日に開かれた大宮国道事務所と関係団体との意見交換会。「反対する会」は、計画が見沼田んぼの環境を損傷しないと考える根拠を尋ね、「道路の位置や構造、費用推計を明らかにしないまま住民説明会などを進める手法に反対する」と、計画の詳細を明らかにするよう求めた。
大宮国道事務所は、いずれも「調査中の路線で回答できない」としている。
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