東レリサーチセンター(TRC)では半導体と電池関連の解析が売上高の約6割を占める
次世代の半導体や電池の開発に欠かせない材料や構造解析の領域で、業績を伸ばしている隠れた成長企業がある。東レ子会社の東レリサーチセンター(TRC、東京・中央)だ。電子線や光を巧みに操ってナノ(ナノは10億分の1)メートル単位の世界をのぞき込み、性能を見極める技術への評価は高い。

大津市のJR石山駅から住宅街を抜けた先の丘に建つTRCの分析拠点。中には見たこともない奇っ怪な形の装置が40台以上も並ぶ。「近接場ラマン分光器」「ナノSIMS」――。名前を聞いてもちんぷんかんぷんだが、聞けば1台数億〜10億円をくだらない高価な装置ばかり。世界で初めて導入されたり、ここだけにしかない独自のものだったりもする。

東レの全額出資子会社であるTRCは、半導体からバイオ医薬品まで材料の物性や結晶構造などの分析を受託する。顧客企業が製品開発中に発生した不良の原因を突き止めたり、開発した新材料が設計通りに機能するか確認したりするのを手助けする。

東レリサーチセンターの分析拠点には最先端の分析装置がいくつも並ぶ(大津市)

近年は特に人工知能(AI)への対応や小型化・省電力化といった技術革新を狙った半導体の開発競争が激しい。新技術が実用化されるまでの時間も短くなっている。裏方の目立たない仕事だが、試行錯誤の連続である製品開発においてTRCが果たす役割は大きい。

その力量が広く認められ、TRCは回路線幅2ナノメートル以下の最先端半導体に加え、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などパワー半導体の次世代材料の特性や構造解析を依頼する企業の「駆け込み寺」になっている。

秘密保持契約の関係上、明かせないというが、誰もが知る世界的な半導体受託生産会社(ファウンドリー)やチップ設計会社、パワー半導体メーカーなどが顧客リストに名を連ねるという。

TRCの売上高は半導体関連の分析が3割、電池関連が3割を占める。年間取引企業数は1100社(2023年3月期実績)に及び、受託件数は1万2500件にも上る。業績は好調で、23年3月期の売上高は2期連続で過去最高を更新した。

競争力の源泉は装置ではなくノウハウ

「高価な分析装置さえあれば、誰でも高度な解析ができると思われがちだが、そうではない。どのように分析するかのノウハウがなければ、正しい結果を導き出せない」。TRCの吉川正信社長は自社の競争力の源泉が装置ではなく人だと説く。社員420人のうち6割近くが高度なスキルを持つ大学院の修士課程か博士課程の出身者だ。

TRCの吉川社長は自身も光などを使った物性解析を得意とする

例えば電子顕微鏡では半導体材料に電子線を当てた際に材料から起きる「発光」を観察し、結晶の欠陥や不純物などを見つけ出す。だが実際は言うは易く行うは難しで、電子線の当て方ひとつでそれらを正確に検出できるかどうかが変わってしまうのだという。

「ラマン分光法」と呼ばれるレーザー光を使った解析も得意領域だ。計測装置の集光レンズを通る光を小さく絞れば材料のより微小な部位を観察できるが、光のサイズは500ナノメートルが限界。さらに微小な結晶構造は見られなかった。そこでTRCでは材料に極小の穴を開けた板を挿入。そこから漏れる光を用いることで、これまで観察できなかった150ナノクラスの微細な結晶構造や材料にかかる応力などを丸裸にするノウハウを確立した。

解析前、材料の断面をスライスして試料にする「前処理」にも一日の長がある。「単純に断面をスライスするだけだと観察したい箇所の構造を壊してしまう可能性がある」(大塚祐二研究部門長)。硬さや組成など何をどのくらいのサイズで分析したいのかによって、研磨や高圧水、イオンビームなどの中から最も適した手段を選び、材料を切り出さなければならない。これもまたノウハウが物を言う。

開発途中に予期せぬ不具合に直面した半導体や材料のメーカーはTRCによる分析結果を持ち帰り、新たな回路設計や材料開発などに生かす。こうしたプロセスを繰り返すことで技術に磨きがかかり、より高性能かつ信頼性も高い製品が世の中に出てくることにつながる。

近年は半導体に加え、電気自動車(EV)などに搭載される大容量・長寿命化を目指した次世代リチウムイオン電池の開発競争も盛ん。電解液や電極、セパレーター(絶縁材)など材料特性が性能に直結するとあって、TRCへの分析依頼は引きも切らない。TRCなくして電池の日進月歩もないわけだ。

親会社のライバルにも頼られる

もともと東レが開発する極細繊維や積層フィルム、ディスプレー材料などを分析・評価する社内向けの部門だったが1978年に分社化され、本格的にビジネスとしてグループ外からの依頼に応じるようになった。それでもかつては東レからの受託が多かったが、近年はその分析力に着目した製造業からの依頼が次々と舞い込み、今や売り上げの9割を外部顧客が占める。

中には東レのライバルメーカーから受ける案件もある。そうした依頼が舞い込むのは機密保持を徹底しているからだ。「信頼第一で、とにもかくにも厳しい情報管理体制を敷いている」(吉川社長)。ライバルとしては神戸製鋼所グループのコベルコ科研(神戸市)や住化分析センター(大阪市)などが挙げられる。

TRCによると、「日本の製造業の特徴として民間企業による半導体や電池の受託解析が浸透している。(半導体や電池産業が盛んになっている)アジアでもまだ日本ほど受託解析は根付いていない」といい、TRCを含む日本勢が高い競争力を持っている。

台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出や最先端半導体の量産を目指すラピダスの登場によって国内半導体産業の復権が期待されている。電池の分野では、トヨタ自動車など大手自動車メーカーが次世代リチウムイオン電池やその先の本命と見られている全固体電池の開発に取り組んでいる。

世界的な技術開発競争の最前線に立つメーカーにとって、TRCのように測定装置を自在に使いこなし、正確に材料を評価する受託解析のプロの存在は大きい。中国や欧米に押されてきた日本の産業界が技術優位を取り戻す上で頼れる相棒となる。

それだけに技術だけでなく情報管理など顧客から信頼され続けるコンプライアンス(法令順守)も成長の条件。装置ではなく人を基軸に経営しなければ固有の企業価値は瞬時に崩れ去る。それは吉川社長はじめ社員らが一番よく分かっているはずだ。

(日経経済新聞社 上阪欣史 )

[日経ビジネス電子版 2024年3月5日の記事を再構成]

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