少し前までは高齢者の運転による交通事故が目立ったことにより、運転免許証の自主返納というワードが世間を駆け巡った。ところが最近はそんな言葉は一切聞かないばかりか、むしろまずいことになっている。路線バスの廃止が進んでいるからだ。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
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■世論は世情により変わるものだが…
高齢者の運転による交通事故が増えたことを受けて、高齢者が免許を更新する際に様々なハードルが設けられ、容易に更新ができないように制度が改められた。
そして危険だから高齢者は免許証を自主的に返納する(申請による取り消し)ことにより失効させ、無免許状態にすることがなんとなく推奨された。自治体や町を挙げて運転経歴証明書を見せると特典を付与する等の施策が取られ、これに乗っかり自主返納した高齢者は少なくないはずだ。
多くの世論の要請でこのような流れになったことは事実だろうし、それ自体は悪いことではない。痛ましい事故を減らすためには運転するための運動能力や判断能力が欠如してしまった高齢者に運転を継続させるわけにはいかないのは当然だろう。
■流れが変わった!
ところが数年前からバスの運転士不足問題や2024年問題が表面化してくると、バス事業者はやむなく路線バスのダイヤにまで手を付け始める。減便や路線廃止だ。
地方ではもともと不便になっていた路線バスだが、それが都市部にまで広がり始めると影響を受ける住民があまりにも多すぎて、黙って事の推移を見守ることができなくなってきた。
■サポートカー限定免許って?
行政ではより安全な装置が付いた自動車の運転に限定した「サポートカー限定免許」をスタートさせたが、すでに返納してしまった方は気の毒でならない結果になってしまった。
サポートカー限定免許は普通免許のみに付加できる限定免許で、衝突被害軽減ブレーキ、ペダル踏み間違い時加速抑制装置等の性能認定を受けている自動車に限って運転できる限定免許だ。後付け装置ではだめなので車を買い替える必要がある。
サポートカー限定免許は前述の通り新しく免許を取得する際に限定を付すわけではなく、すでに取得している免許に付加するものだ。免許証更新の際に行うことが可能だ。また現在の免許が上位免許や二種免許の場合は、申請による一部取り消しをしたうえで普通免許のサポートカー限定を取得する流れになる。
よって昔の普通免許である中型8トン限定免許を持っている方はその免許を取り消して、普通免許のサポートカー限定になる。ただし付された限定を審査により解除することはできる。この限定免許でサポートカーではない普通の自動車を運転した場合は免許条件違反になるので注意が必要だ。
■バスがないことで自主返納者は窮地に?
現在であれば前述のサポートカー限定免許を取得して車も対象車に買い替えたうえで、以前よりはずいぶんと安全に運転することができる。警察庁では「運転免許を返納する前に」と銘打ってポスターまで作成している。
自主返納してしまった方にとっては「早まった」感しかなく、通院や買い物で移動する際の足が失われてしまった地方も少なくない。警察庁によると75歳未満の運転者の死亡事故のうち最も多い人的要因は安全不確認の29.8%だが、これが75歳以上になると操作不適の30.1%に変わる。
75歳未満では13.4%なので倍以上だ。よってサポートカー限定免許は有効な選択であることは間違いないが、まさか路線バスがこんなことになろうとは思ってなかったのだろう。遅すぎの感は残る。
■ダイヤが戻る可能性は低い?
運転士不足や2024年問題で減便した路線や廃止した路線が戻る可能性は一般論では低いと言わざるを得ない。地域の事情や事業者の事情にもよるが、すでに減便や廃止された(決まっている)路線は赤字が著しいことは察しが付く。
仮に運転士問題が解決したとしても、わざわざ赤字の路線を復活させたり、増便したりすることは考えにくい。もっとも自治体の補助金が増額されたり、そもそも公営バスの路線だったりした場合はこの限りではないが、赤字前提で住民サービスとして運行しているコミュニティバスですら統廃合が進んでいる現状を見れば、やはり復活の見込みは低いと言わざるを得ない。
もっとも怖いのは沿線住民の完全なバス離れだ。現に車の運転をしている高齢者はバスがなくてもサポートカー限定免許の選択肢があり、若い方も1人1台の車所有が都市部でも進めば、バスに乗車するのはもはや子供と通学する学生くらいしかいなくなる。
そうなればバス事業そのものが成り立たないので事業廃止という最悪の事態が来ないとも限らないのだ。もはやバス事業者だけの問題ではなく、国民生活の重要なインフラ問題になりそうだ。
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