自動車整備士の人材不足は依然厳しく、離職率も18~20%と高い傾向だ。国土交通省は2024年3月に「自動車整備士等の働きやすい・働きがいのある職場づくりに向けたガイドライン」を策定し、整備要員の定着・育成の重要性を強調した取り組み例なども公開して活用を呼びかけるほどで、事態の深刻さが伺い知れる。

そのような状況の中、創業52年を迎えた株式会社睦自動車(伊藤篤志代表取締役社長)は、地元・愛知県豊橋市や近隣の“高校新卒人材”を継続的に採用し続け、定着率も維持している。

いまから6年前の2018年、当編集部が同社訪問時に入社1・2年目の新人だった4名は現在も在籍。落ち着いた表情で新人を指導する先輩の立場にステップアップし、睦自動車全体を活気づけるリーダー的存在として活躍していた。

▼2024年 先輩として活躍する4人▼

▼2018年 入社1・2年目の新人だった4人▼

整備工場では稀な「新入社員教育」体制がある

高校新卒人材の新人たちは、当然ながらクルマの専門知識がない。老舗の整備工場ほど、ベテランのフロントスタッフや整備士、熟練の鈑金塗装職人たちの仕事を目で見て覚える教育方針が “当たり前”という整備事業者は現在でも多いのではないだろうか。昔ながらのやり方でスキルを身につける新人もいるが、職場環境に馴染めず成果を出せないまま1年未満で退職してしまうケースは少なくない。

睦自動車ではどうかというと、整備事業者では稀な「新入社員研修」を独自に行っている。入社後1ヶ月は新入社員教育期間となり、配属後も定期的なフォロー研修に参加。1年間をかけて綿密なカリキュラムによる初歩的な業務を身につける教育体制があり、睦自動車のように新入社員教育を行っている整備事業者は全国的に見ても少なく、実に先進的な取り組みといえる。

同社は2015年に人材採用の考え方を見直し、技術や経験を重視した即戦力となる中途採用の人材ではなく、高校新卒人材の確保に注力することを決めた。時間をかけて地元の高校と信頼関係を構築し、地域のハローワーク主催による高卒採用説明会などで積極的に人材採用活動を行うほか、自社SNSで人材採用活動に特化した情報発信も継続的に行っている。そういった複合的な取り組みの結果、高校新卒人材の確保に成功。今年2024年4月には1名の高卒人材が入社している。

▼人材採用に特化したSNS発信を継続▼

睦自動車で働く若手人材は「前向き」で「勤勉」

高校卒業後に睦自動車へ入社し、勤続6~7年目を迎えた4名の表情はとても明るく、新しいことにチャレンジしたい意欲も強い。

フロント業務と事務職全般を行う2名の女性社員は、車検整備や鈑金塗装、自動車保険の知識が必須で、クルマの進化に伴い常に新しい専門知識を覚える必要がある。入社1年目は苦労が多かったようだが、いまでは来店顧客や取引先企業への丁寧な説明はもちろん、日本自動車整備振興会が提供する整備情報提供システム「FAINES」にアクセスして概算見積もり作成や部品発注、保険会社とのやり取りも行い、突発的に舞い込む様々な業務を柔軟に対応しながら、新人指導も行う頼りがいがある人材に成長している。

▼フロント業務と事務職全般を柔軟に対応▼

主に塗装作業を行う男性社員は、新型車が登場するたび新しい部材や塗料、塗装の構造を理解し、専用設備を使いこなして塗装技術を磨き続けなければならない。塗装職人としてのスキルアップと最新情報収集には根気と理解力が必要な中で、自身の成長と組織の柔軟性強化のために、塗装作業以外のまだチャレンジしたことがない業務も身につけたい意欲があり、新人指導がリーダーシップ向上につながっているようだ。

▼新人指導が、意欲向上につながる▼

鈑金に加え、新車納車前整備(PDI)も行う男性社員は、自動ブレーキをはじめとする先進運転支援システム(ADAS)搭載車のボディ構造と部材、ADASに関わる電子制御装置の把握が求められる。難易度が高い職種だが、困ったときは先輩や上長がサポートしてくれる体制が睦自動車にあるため不安は少ないようだ。持ち前の手先の器用さを活かして鈑金とPDI作業に従事し、寡黙ながらも新人への的確なアドバイスで信頼を集めている。

昇給や社員住宅が魅力

先輩社員として、やる気と将来性を感じる4名が睦自動車で長期的に働く理由のひとつに、昇給制度があった。

「入社時と比べて、給与が大幅に上がっています。年2回の社長面談時に目標に対する成果を発表する昇給交渉の機会があり、具体的な結果に対して評価頂き、昇給額が決まる仕組みがあります」と語った男性社員の言葉は強く印象に残った。また、4名の若手社員たちは給与アップのために睦自動車の上層部が、取引先と原価高騰を踏まえた価格交渉を行っていることも理解していた。

福利厚生として、社員住宅がある点も魅力。睦自動車所有の物件を安価な家賃で借りられ、さらに住宅手当もあるという。「普通に借りるよりも安価で、住宅手当もあるおかげで本当に助かっています」と話す男性社員の声には重みがあり、福利厚生の手厚さは社員の長期勤続に欠かせない重要な要素だと痛感した。

睦自動車の実情と今後

順風満帆に見える睦自動車だが、実は2023年6月に愛知県東部三河地方の集中豪雨により自社工場が被災。同年4月に増築新設したばかりの状況で、6月に導入予定だった車検検査ラインの被害は免れたが、社員は休日返上で復旧作業にあたり、取引先企業からは復旧物資の提供があった。睦自動車が所属する自動車整備・鈑金塗装事業者の全国ネットワーク組織「BSサミット事業協同組合」からは、同組合の磯部君男理事長が直々に訪問し、復旧に向けての激励もあったという。

多くの支援を受け1か月以内で再稼働。延期していた車検検査ライン導入は10月に完了し、その後は車検指定工場として運用を行っている。また、特定整備認証も取得し、エーミングやOBD点検、EV充電環境といった新型車に対応できる設備環境だけでなく、旧車の整備・修理まで幅広く対応している。

睦自動車は、現在45名が在籍。2018年に取材した4名は定着しているが、同社で人材採用・教育を担当する中神敏光氏は、入社式前日の辞退や入社しても中途退社してしまう若手もいるという。2017年から高校新卒人材を継続して採用できているものの、コロナ禍の影響もあってか2020年頃からは採用人数が減少傾向。大手の上場企業や生産業、メーカー系ディーラーが高校新卒人材の採用に注力する動きがあり、問い合わせや応募が少なくなっているようだが、2017年以降から2024年までの高校新卒の採用実績は20名を超え、2025年4月の採用も目指している。

中神氏は、社会情勢に紐づいて世代による新入社員の性格や考え方に変化があるため、社員を受け入れる睦自動車が旧い考え方に固執せず、変化・進化していく必要性を強く感じており、その点も踏まえながら今後も新卒採用に力を入れていく考えがあると、思いを語ってくれた。

整備業界の明るい未来に向けて真摯に取り組む睦自動車の活動には今後も注目だ。同社のように、若手の採用と人材育成、昇給制度、手厚い福利厚生などが整った整備事業者がもっと増えれば、人材不足解消や離職率低下につながっていくのではないだろうか。

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