トヨタのGR(GAZOO Racing)で「最高・最強」に位置するのがGRMN。ところでその第1号車をご存じだろうか? スープラでもない。86でもない。なんと全長3mの超コンパクトカー「iQ」だったのだ。実はこのクルマ、日本人のアイデアがフルに詰まった「名車」なのよ!
文:山本シンヤ/写真:トヨタ、ベストカーWeb編集部
■イタリアでは今でもバリバリ現役のトヨタiQ
昨年、取材でイタリア・ミラノを訪れた時、驚きの光景を見た。ミラノ市街は日本以上に道が細く入り組んでいるためBセグメントのコンパクトハッチでも走り辛いが、そんな場所を涼しい顔をしながらスイスイと走っていたのは、スマートとトヨタiQだった。
中でもiQは2016年に生産終了から時が経っており、日本の道でiQを見かける事は少ないが、ミラノ市街では「ヨーロッパ中のiQが集結⁉」と思うくらい、今も現役だ。クルマは年々拡大傾向だが、小さいクルマのほうが機動性が高い事をみんなよく解っている証拠だ。
そんなiQは2008年に登場。チーフエンジニアは現在トヨタの副社長兼CT0である中嶋裕樹氏だ。当時中嶋氏は「iQはシティコミューターではなく“リアルマシン”として、どこまで小さくできるかの挑戦を行なったモデルです。具体的にはサイズは欧州Aセグメント、性能はBセグメントを超え、内外装の質感はCセグメント」と語っていた。
3mの全長に3+1シーターを実現するパッケージングは日本人ならではの理詰めのアイデアをフル満載。その一例を説明すると、①デフを180度反転、②上方配置のステアリングギアボックス、③フロア下の超薄型燃料タンク、④小型エアコンユニット、⑤左右非対称インパネ、⑥薄型シートバックと言った技術が採用されていた。
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■サイズのヒエラルキーをなくす革命児
走りは最小回転半径3.9mが注目されたが、開発陣が目指したのは、低速域での「小さいクルマにふさわしいキビキビ感」と高速域での「小さなクルマとは思えない安定感」の両立だった。安全性も効率的に衝撃を吸収する新ボディ構造やアクティブヘッドレスト同等効果を備えたシート、合計9個のエアバックなど抜かりなし。
当時自動車誌の編集長だった筆者は、トヨタの北海道テストコースで試乗させてもらったが、当時のトヨタ車とは段違いの運動性能と動的質感の高さに驚いた。この時、誌面で「クラスレス」、「プレミアム」と言うキーワードを盛り込んだのを覚えている。
このようにiQはサイズのヒエラルキーを無くす“革命児”だったが、販売のほうは残念ながら振るわず……。2024年の今、中嶋氏に改めて聞いた事があるが、「今だから言えますが、本当に儲からなかった(汗)。ただ、ここでの挑戦は今のクルマにもシッカリ繋がっているのは間違いない」と振り返ってくれた。
■最初にGRMNの名を冠したiQ
そんなiQに目を付けたのは、トヨタのマスタードライバーであり、2007年に豊田章男氏と共に元祖GAZOO Racingを立ち上げた成瀬弘氏。氏の口癖は「クルマは“素”が上手くなければ、いくらトッピングを載せても味は良くならない」だったが、iQの発売から約1年後の2009年8月、iQ GRMNだった。GRMNとはGAZOO Racing tuned by MN(マイスターofニュルブルクリンク)の略である。
欧州仕様の1.3Lをベースに専用のボディ補強、サスペンション、アルミホイール(RAYS製16インチ)、タコメーターやスポーツシートを追加したモデルだった。当時成瀬氏にそのコンセプトを聞くと、「素材を活かしそのクルマの理想を目指しただけ、強いて言えばベース車より『じっくり、しっかり』させた感じかな」と教えてくれた。
価格は192万円で販売台数は僅か100台と、トヨタにしては異例の少なさだったが、受注開始から1週間で完売した。
豊田章男氏は成瀬氏との思い出が詰まったこのモデルを現在も所有しており、2024年の東京オートサロンに展示されたのを覚えている人も多いはず(BBS鍛造アルミホイールや藤壺製マフラー、内外装のワインレッドのワンポイント(当時のヘルメットカラー)などオリジナルのモディファイ済み)。
また、レーシングドライバーの佐々木雅弘選手も最近入手、オーバーホールと合わせて独自のモディファイ(第2弾のスーパーチャージャーエンジン搭載、タイヤ&ホイールの18インチ化など)も行なっているそうだ。
■進化版はスーパーチャージャーを搭載!
第2弾は2012年に発表されたiQ GRMNスーパーチャージャーだ。ちなみに成瀬氏は2010年にニュル近郊での事故で亡くなってしまったが、2010年の東京オートサロンにプロトタイプが展示されていたので、成瀬氏もこの開発に関わっていたのは言うまでもない(最後の仕上げはモリゾウさん⁉)。
このモデルは前モデルよりもモディファイ内容は大きく、1.3Lエンジンにスーパーチャージャーがプラスされた122ps/17.7㎏m(ノーマルは94ps/12.0kgm)を発生。6速MTはギア比がクロスされるだけでなくファイナルもローギアード化。
車体はスポット増しやブレースの追加に加えて、YAMAHA製パフォーマンスダンパーも装着。フットワークはサスペ30mmローダウンされた専用サスペンションと16インチタイヤ&エンケイ製アルミホイールが組み合わせ。ブレーキもスリットローター+専用パッドの採用と抜かりなし。
見た目の部分にも大きく手が入っており、エクステリアは前後バンパーやフェンダー、ドア、ピラー、ヘッドライトに至るまで専用品。インテリアは赤黒のコーディネイトでトヨタ紡織性のスポーツシートを採用。
発売台数は前回同様に100台。価格は355万とベース車から価格アップは大きかったが、ネットでの予約受付開始と同時に問い合わせが殺到、発売されると瞬殺で完売した。
筆者はこのモデルにも試乗した事があるが、その走りを一言で表現すると「刺激的だけどバランスの取れた乗り味」で、スポーツカー好き/運転好きの日常をカバーするにはピッタリなモデルだと感じた。
■アストンマーティン版も登場!
iQに目を付けた人は成瀬氏だけではなかった。それはイギリスのアストンマーティンである。それは2011年にiQをベースに開発されたシグネットだ。
このクルマが生まれたキッカケは、何とニュルブルクリンクのパドック。実は元祖GAZOO Racingが2007年に初めてニュル24時間に参戦した時、偶然同じピットだったのがアストンマーティンだった。そこから交流が始まった事がキッカケで、提携に至ったそうだ。ビジネス的に見ると、トヨタ側「iQを拡販したい」、アストンマーティン側は「環境性能に優れる小型車が欲しい」と言う両車の考えが見事に合致した……と言うわけだ。
基本骨格はiQと共通だが、外販パネルは全て専用デザインで、随所に上級モデルと同じアイデンティティをプラス。インテリアも同様にインパネ、メーター、シート、ルーフパネル、ドアなどなど全ての部位が専用仕立てで、本革/アルカンターラ/アルミなどをふんだんに用いてアストンマーティン流にリフォーム。コンパクトカーでよく見かける樹脂パーツは皆無である。
1.3L+CVTのパワートレインは変更ないものの、内装の高級化や遮音材追加などで車両重量はiQの40㎏増し。フットワークは専用デザインのアルミホイール以外は変更ないと言うアナウンスだったが、実際に乗り比べるとiQよりも引き締められた印象でスポーティな乗り味だった。恐らくエンジンマウントやブッシュなど独自の最適化が行なわれていたのかもしれない。
製作はトヨタの高岡工場で生産されたベース車をイギリスに送り、ケイドンにあるアストンマーティン本社ファクトリーで150時間かけて行なっていたそうだ。
日本でも発売され、価格は6速MTが475万円、CVTが490万円。ただ、これはベースの価格であり、様々なオプションを選択していくと500~600万円くらいだった。
アストンマーティンは既存ユーザーのセカンドカー/サードカー需要だけでなく、新規ユーザーの獲得も狙い、販売目標は4000台/年だったが、結果的には約2年で150台のみとビジネスとしては失敗に終わった。希少車が故、現在は新車時の倍以上のプレミアムプライスなのは、何とも皮肉な話だ……。
■LBX MORIZO RRに流れるiQ GRMNの血
IQ GRMNとアストンマーティンシグネット、2台は全く異なるキャラクターが与えられているが、各々の役目をシッカリと演じている。それはすなわち「素性が良いからトッピングが活きる」と言う事を証明している。
先日レクサスLBXの特別なモデル「MORIZO RR」が発表された。「サイズによるヒエラルキーを壊したい」と言う豊田氏の強い想いから生まれたコンパクトプレミアムのLBXをベースに、GRヤリス譲りの最強のパワートレイン(1.6Lターボ)/ドライブトレイン(電子制御4WD)をドッキングしたモデルだ。
LBX MORIZO RRの開発コンセプトは「本物のクルマ好きが素の自分に戻れ、気負いなく乗れる一台」だが、筆者はふと気が付いた。サイズやパッケージは全く別だが、もしかしてLBX MORIZO RRクルマづくりの方向性はIQ GRMNとアストンマーティンシグネットのコンセプトのいい所取りじゃないか……と?
ちなみにどちらのモデルにも共通しているのは「モリゾウが色濃く関わっている」と言うことだ。筆者としては「時を超えた革命的コンパクトカーの継承」と言いたい。
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