ながくら・のぶみ/1967年生まれ。1990年国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。2003年中小振興融資企画(日本振興銀行)設立、2005年オックスキャピタル社長など。2020年カーチスホールディングス入社、2021年常務。2022年2月より現職(撮影:今井康一)昨夏にビッグモーターの保険金水増し請求が大きな社会問題となって以降、揺れ続ける中古車業界。複数の販売・買い取り大手企業でも不正が明らかになり、業界全体に厳しい視線が向けられている。自社の事業活動への影響や、業界の信頼回復には何が必要か。中古車買い取り大手カーチスホールディングス(以下カーチスHLD)の長倉統己社長に聞いた。

内在していた問題が一気に表に出た

――中古車業界では不祥事が相次いで発覚しました。

そもそも中古車業界自体が変革しなければならないタイミングにきていた。中古車という商材は古物なので、一物一価でいろいろな価格の付け方があって然るべきではある。

だが、それが客観的にできていたかというとそうではないと思う。同業の数が増えて大手が巨大化し業界が過当競争になる中で、今まで内在していたさまざまな問題が一気に表に出てきた。

――変革するタイミングだとして、どのような変革が必要なのでしょう。

新車を売るのは新車ディーラーで、中古車業界のビジネスは車の買い取りから始まる。ただ、買い取りというのは、査定のノウハウさえ持っていれば、営業スキルがさほどなくてもできてしまうものなので、同業がたくさん出てきて単なる価格競争になってしまっていた。

だからこそ、中古車ビジネスの柱の1つである販売が重要だ。販売と言っても「売って終わり」ではなく、車両販売後もお客様と長く付き合い、そこに付加価値を見出していく、“生涯顧客”を獲得するようなビジネスに変えなくてはならない。

車両の買い取り・販売に加え、車検や保険にも力を入れている(画像はカーチスのホームページのキャプチャ)

――金融業界出身の社長の目には、中古車業界が透明性に欠けると映っていますか。

透明性がないということは決してない。さきほども言ったように中古車は一物一価なので、お客様と会社がお互いに納得した値付けがなされればいい。ただ、標準的な、客観的な値付けができる仕組みができていたかというと、それはそうではない気もしている。

ビッグモーターの1番の問題点は、整備板金領域の不正をしたことだ。自分の車がどんな整備をされているか、どういう部材が使われていてどれくらいの工数が掛かっているのか、一般の人には正直わからない。だからこそ、本来は1番不正をしてはいけない。

不正によって瞬間的に儲かったとしても、問題が発覚すればお客様は次からは使わなくなる。お客様にご理解いただき、満足してもらうサービスを提供することで、生涯顧客は成り立っていく。目先の利益ではなくて、長いスパンでお客様を獲得することを、もっと意識しなければいけない。

ただし、不正をしているのは一部の会社、というか一部の人だ。最初からお客様を騙そうと思って業界に入ってくる人はいない。車が好きでお客様と接するのが好きだから入ってくる。

不正ができるような環境を作ってしまうことは会社の問題、責任だ。それを避けるには、とにかく現場との対話やコミュニケーションが重要になる。それに時間を費やすことが、ビジネスをやっていくうえで必要になってくる。

放置されたら魔が差すことはある

――カーチスで不適切な事案はないのでしょうか。各地に店舗と従業員を持っていれば、1人くらい魔が差すこともありえるのでは。

最近はまったくない。店舗が多いからこそ、本社と現場の、管理と営業のコミュニケーションが重要になる。放置されていたら、現場で魔が差すことも当然ある。何が不正で何が悪いことなのかというのも曖昧だ。そこはしっかり教えていかなければいけない。

私は時間があればとにかく現場を回るようにしている。メールや電話、ウェブだけでなく、対面で何が問題なのかをはっきり伝えて教育することがなによりも重要だ。問題が起これば本社と現場で共有し合い、それを解決しようと目を向けてあげれば不正は防げる。

――保険金の不正請求は、板金部門の不正でした。しかし、買い取り・販売も含めた中古車業界全体の信頼が低下しています。自動車保険やローンといった付帯商品が販売しづらくなったなどの影響はありますか。

お客様に対する丁寧な説明はより必要になってきた。付帯などさまざまな商材は車の価値を高めるもので、将来の買い取り価格にも反映される。決して悪いものを無理に販売しようとしているわけではない。

ただ、お客様の中古車業界に対するイメージとして、車両購入時にいろいろなことを押しつけられるというのがある。だからこそ、お客様との対話で商材の優位性をきちんとご理解、ご納得いただくことが必要だ。当社では、付帯のセールストークや販売のやり方を、すべての販売店に教育する機会を設け、相当の時間を費やして研修を行ってきた。

――ビッグモーター事件を受けて、大手のネクステージやIDOMは自社工場を対象とした社内調査の結果を公表しました。一方、カーチスからは何の発表もありませんでした。社内調査をしなかったのでしょうか。調査した結果、何も問題がなかったのでしょうか。

当社は他社と違い、整備工場が6拠点に限られている。データを基に1件1件を細かくチェックすることができる。そこで問題が見つからなかったので結果を公表しなかった。

――インセンティブが不正の誘因になったと考えて、インセンティブを廃止した会社もあります。

当社は上場企業なので、通期の連結業績予想がある。それを達成するために各社、各店舗に予算を毎月設定している。ただし、それが達成できなくてもペナルティはない。

インセンティブはある。社内のコンセンサスを得られてはいないが、個人的にはインセンティブをやめるべきだと思っている。中古車業界では、給与全体に占めるインセンティブの割合が高く、結果的にインセンティブが生活給の一部になってしまっている。そうではなくて、ベースとなる給与や賞与を上げてインセンティブの比重を極力下げたい。

東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

インセンティブをたくさん稼ぐために、一部の会社では悪いことを考える人もいた。それをここで変える必要がある。インセンティブありきのビジネスになってしまうのを断ち切るべきだ。今は他社を含めて断ち切ることができる環境にあるわけなので、当社も大きく変えたいと考えている。

車を何台買い取りました、何台販売しました、ではなく、お客様と生涯にわたる関係を築けるような買い方ができたのか、売り方ができたのか。評価はそこだ。そういったポイントを、しっかりと社員に還元できるような仕組みにしたい。

「呪われたカーチス」が生き残った理由

――カーチスでも、創業からこれまでにさまざまな問題が発生しました。2001年には創業者が業務上横領で逮捕され、2006年には当時の筆頭株主だったライブドアが証券取引法違反に問われました。その後も問題企業が大株主になったことがあります。

何かで調べたら「呪われたカーチス」とかいうワードが出てくるし、まさにその通りだ。だが、それでも生き残っている会社だ。あれだけのことを経験しながら、これだけオーナーが代わり、経営陣が代わっているのに長年続いているのは、私はすごいなと思う。

それはひとえに、中古車買い取りというビジネスモデルを始めたジャックHLD(カーチスHLDの旧社名)から派生するビジネスに優位性があり、会社として存在意義があるのだろう。

――中古車業界として信頼を回復させるにはどうすべきですか。

中古車業界の横のつながりが必要だ。業界全体としての動きがまだまだ足りていない。現状は、「業界としてビッグモーター問題にどう対応するべきなのか」「業界がどう変わっていくべきなのか」ということを語る場がない。そういうネットワークはきちんと持つべきだ。

――議論の場を持てたとして、各社首脳でどのようなことを話し合うべきですか。

ビジネスモデルのあり方そのものについて話し合うのがよい。中古車の価値は最終的に価格だけになりかねないが、そこにどれだけ付加価値をつけられるかが重要だ。車という商材から、いろいろなサービスが派生できる。そこは業界の既存企業もそうだし、異業種も含めて何か新しい試みができないかなと考えている。

中古車は古い業界だが、オーナー経営者は代替わりしていく。伊藤忠商事によるビッグモーターの再建が変化のきっかけになる。きちんとネットワークとして組織化することで、もっと健全な仕組みを作れていくだろう。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。