西武新宿線中井駅近くの高架下に設置されたベンチ(東京都新宿区)

座面に突起や傾斜などがあり、長時間座ることが難しい「意地悪ベンチ」がSNSなどで話題だ。野宿などを防ぐのが目的とみられ、都市部や繁華街近くの公園や広場などに多い。公共のベンチはどうあるべきか。行政や住民など立場によって事情は異なり、最適解を見つけるのは難しいが、使いやすい形状に変える動きも出てきた。

座りにくいベンチが話題に

「なかなか見慣れない。座れないことはないがぎょっとする見た目」。西武新宿線中井駅近くの高架下に設置されたベンチについて、近くに住む70代の女性は話す。元々3人掛けだが、2人分が座れないようになっている。座面にソフトコーンと呼ばれる道路用品が固定されているためだ。

ベンチを管理する新宿区によると、ソフトコーンを設置したのは2023年9月。夜間にベンチ付近で飲酒したり、大声を出したりする利用者がいるとの苦情を受け対応した。「ベンチを撤去することも考えたが、暫定的な対応となった。設置へのクレームなどは寄せられていない」(区道路課)という。

ベンチの写真がインターネット上で拡散されると、SNSなどでは「意地悪ベンチ」「座らせる気がない」といった否定的な意見も見られた。区は今後、近隣住民との話し合いの場を設け、設置に至った経緯や目的などを説明する予定だ。

新宿区では繁華街近くの区立公園にある座面が湾曲したベンチについても排除的でないかと話題になった。夜間や早朝の騒音などについて住民からかねて苦情があり「繁華街と住宅街が近い、区特有の事情もあることを分かってほしい」(区みどり公園課)と、担当者は頭を悩ませている。

新宿区内の公園に設置された、座面が湾曲したベンチ=新宿区提供

海外では「敵対的な建築」と呼ばれる

座る機能を制限し、長く滞在しづらい形状のベンチなどは「排除アート」や「排除デザイン」と言われることがある。海外では「ホスタイル・アーキテクチャー(敵対的な建築)」と称される。人が多く集まり、野宿者などの問題が起きやすい都市部で目立つ。ベンチに傾斜や突起物をつけるほかに、橋など風雨をしのぎやすい場所にあるオブジェ、トイレの床に夜に散水するスプリンクラーといったものなど形態は様々だ。

建築評論家で「誰のための排除アート? 不寛容と自己責任論」の著者の五十嵐太郎東北大学教授はこうしたベンチについて「バブル崩壊後の1990年代からホームレス対策として設置が目立つようになった。担当者などが変わって、当初の目的が分からないまま意地悪なベンチを継続的に新設しているケースも多いのではないか」と分析する。

カタログなどにはあらかじめ手すりがついた製品も販売されている。「一般の人も座りづらく、見る人の心が削られるデザインがそのままになっている。おかしいと声を上げていくことが大事だ」(五十嵐教授)

デザイン変更で寝転べるようにした例も

寝転べるように形状を変えた事例もある。神奈川県平塚市の江口友子市議会議員は、2023年5月に住民から「ベンチが古くなっていて座れない」と相談を受けた。JR平塚駅西口にあるベンチの木製の座面が老朽化していた。もともと金属製の突起があり、寝転べないようになっていた。

新しくなったJR平塚駅西口のベンチに座る江口友子平塚市議

平塚市は神奈川県で3番目に野宿者が多い自治体で、江口さんは支援活動にも参加してきた。市に掛け合い、同年7月にベンチを更新した際、突起のないデザインに変更した。その後は親子連れなどが利用する姿も見かけるようになった。「誰も排除しない空間は、結果的に多くの人の使いやすさにつながると訴えていきたい」(江口さん)

公共の場にあるベンチには、災害時の避難や傷病者の救護など様々な用途がある。防災の観点から、寝転べる上、かまどを備え付けた製品も出ている。都市空間におけるベンチのあり方を考え直す時に来ている。

ホームレスの問題、見えづらく

「意地悪ベンチ」とセットで取り上げられやすいホームレスの問題は見えづらくなっている。厚生労働省の2024年1月の調査によると、公園などで暮らすホームレスの人は全国で2820人と前年度から8%減った。寝起きをしている場所は「都市公園」が一番多く、「道路」「河川」が続く。全体の数は減少しているが、東京都や大阪府など都市に多い傾向がある。

生活困窮者を支援するNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の大西連理事長は「目に付く場所で野宿している人が減っているだけで、安定した収入などがなくネットカフェなどで過ごす人は依然として存在する」と訴える。都市部ではカフェなどはあるが、お金を払わずに滞在できるスペースが減っている。「ホームレスの人や若者など、滞在場所の選択肢が少ない人を排除するようなデザインを受け入れる社会であってはいけない」(大西さん)

(友部温)

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