肝臓がんになった人の2人に1人は「脂肪肝持ち」
食べ過ぎや飲み過ぎ、運動不足などの生活習慣の乱れを背景に増え続けている脂肪肝。今や、日本人の成人の3人に1人が脂肪肝といわれている。脂肪肝は「フォアグラ」のように肝臓の中に脂肪がたまった状態のことで、特徴的な自覚症状はなく、多くは放置しても直ちに命に関わることはない。だが、一部は炎症を起こし、肝硬変、肝臓がんへと進行してしまうことが知られている。
肝臓がんといえば、かつてはその原因の多くがC型肝炎ウイルスやB型肝炎ウイルスの持続感染によるものだった。だが現在は、これらのウイルス性肝炎の治療が目覚ましく進歩したことで、肝臓がんへと進行する人が減り、代わりに脂肪肝から肝臓がんになる人の割合が増えているという。九州地区で行われた肝臓がんの発生状況についての調査でも、脂肪肝などから肝臓がんを発症した人の割合は近年急激に増加。2022年には6割を超え、過去10年間で倍増した。
肝臓の病気に詳しい久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門教授の川口巧氏は、「脂肪肝が原因と考えられる肝臓がんの患者さんが入院してこない週はないというくらいに、非常に増えてきています」と話す。肝臓がんになる人を減らすためには、その入り口となる脂肪肝を減らすことが、喫緊の課題になっているのだ。
脂肪肝は健康寿命を脅かす 症状がなくても放置は厳禁
そもそも脂肪肝とは、肝臓の5%以上に脂肪がたまっている状態を指す。脂肪肝の原因はさまざまだが、近年は、肥満や食べ過ぎ、運動不足などの生活習慣によって起こるタイプの脂肪肝[注1]が増加しており、これらの脂肪肝の推定有病者数は1500万〜2000万人にも上る。
こうした脂肪肝の大半は、単純に肝臓の中に中性脂肪がついただけの脂肪肝で、自覚症状が出たりすることはない。放っておいても痛くもかゆくもないわけだ。しかし、その一部は炎症を起こして肝臓の細胞が線維化し、やがて肝硬変や肝臓がんに進行する可能性がある。
「脂肪肝が指摘されてしばらく時間が経過した後に炎症が生じる場合もあります。現時点で炎症がなくても安心とはいえず、将来の肝硬変、肝臓がんを予防する上でも脂肪肝を解消する努力は必要です」と川口氏は注意を促す。
しかも、川口氏によると、脂肪肝がある人は健常な人に比べて死亡リスクが高いことが分かっているという。「脂肪肝があると、肝臓の病期が進行していない状態でも、大腸がんや膵臓(すいぞう)がんなど、肝臓以外の臓器のがんで亡くなる人がいます」と話す。脂肪肝はそれ自体が、健康寿命を脅かす存在であることを肝に銘じておくべきだといえるだろう。
[注1]従来の分類で「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD:non-alcoholic fatty liver disease:ナッフルディー)」と呼ばれたもの。このうち肝臓内に炎症が見られるものを「非アルコール性脂肪肝炎(NASH:non-alcoholic steatohepatitis:ナッシュ)」と呼んでいたが、日本肝臓学会と日本消化器病学会は2023年9月に脂肪肝の新たな分類を発表。病名も以下のように改めた。
◆脂肪肝:steatotic liver disease(SLD)◆従来のNAFLDのうち、「過体重・肥満」「耐糖能異常」「高血圧」「脂質異常症」のいずれかを満たすもの:metabolic dysfunction associated steatotic liver disease(MASLD)
◆従来のNASHで上記のいずれかの代謝異常を認めるもの:metabolic dysfunction associated steatohepatitis(MASH)
太っていないから大丈夫、は大きな誤解
近年増加している、食べ過ぎや運動不足によって生じる脂肪肝は、太っている人(おなか周りに脂肪がついた内臓脂肪型肥満の人)に多い。だが、だからといって「自分は太っていないから脂肪肝にはならない」と思うのは大きな誤解だ。脂肪肝は肥満だけでなく、高血圧や糖尿病、不規則な食習慣、運動不足でも生じる可能性がある。やせていても脂肪肝が見つかる人は少なくない。
また、京都府立医科大学の研究では、座っている時間が長い人は内臓脂肪が多く、立っている時間や歩く時間が長い人は内臓脂肪が少なかった[注2]。内臓脂肪が増えるとやがて肝臓にも脂肪がたまっていく。座っている時間が長く、身体活動量が少ない人は、それだけで脂肪肝になるリスクが潜んでいるといえるだろう。
「普段油っこいものをそんなに食べないから、肝臓にも脂肪はたまらないだろう」というのも間違った思い込みだ。体の中で脂肪に変わるのは、揚げ物の油や肉の脂だけではない。主食や砂糖などの炭水化物をたくさんとっても脂肪はたまる。炭水化物に含まれる糖や、油脂に含まれる脂質は、肝臓で代謝され、エネルギーに変換される。その際、食べ過ぎや運動不足などによって消費エネルギーを摂取エネルギーが上回ると、余分なエネルギーは中性脂肪に変換され、内臓周囲や肝臓の内部に蓄積していく。
肝機能の低下は「サビ」を生み、全身の老化やがんにも関係
脂肪肝をはじめとした肝機能の低下による悪影響は、肝臓のみならず全身に及ぶ。それはなぜなのか。
肝臓は代謝を主な役割とする臓器だ。さまざまな栄養素を代謝する際に、大量の活性酸素を作り出す。一方で、肝臓は活性酸素を消す(抗酸化作用を持つ)酵素も持っているため、バランスが保たれている。酸化を引き起こす活性酸素が抗酸化作用を持つ酵素よりも優位となり、細胞にダメージを与えて体に悪影響を及ぼすことを「酸化ストレス」と呼ぶ。酸化ストレスによって体の細胞や血管が傷つくと、いわば体がサビついた状態になる。
肝機能が衰えると、活性酸素が優位になって酸化ストレスが生まれやすい環境となり、肝臓への悪影響だけでなく全身の老化にもつながる。活性酸素がDNAを傷つけて細胞が正常に働かなくなることが、がんのきっかけの一つにもなると考えられている。
また、脂肪肝があると心筋梗塞や脳梗塞も発症しやすくなる。これは、肝臓にたまった脂肪が血液中に流れ出て動脈にペタペタとくっつき、そこに集まってきたマクロファージという免疫細胞が脂肪を取り込んで大きくなり、血管の内側にプラークというコブを作るからだ[注3]。これが破裂すると血管を詰まらせ、心筋梗塞や脳梗塞となってしまう。
肝臓に脂肪がついたら、肝臓をはじめとした全身の健康を脅かす黄色信号だと考えなければならない。特に、脂肪肝に加えて肥満や糖尿病の人、あるいは腹囲や血糖値、血圧、中性脂肪値、HDLコレステロール値といった、メタボリックシンドローム関連の検査値の異常がある場合は人の場合は、心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが高まるため要注意だ。
[注2]Ando S, et al. Obesity Research & Clinical Practice. 2020 Dec;14(6):531-535.
[注3]プラークの発生には、高血圧、LDLコレステロールや中性脂肪なども関与している。
自分の肝臓が悪化しているかどうかを知る方法
脂肪肝は放っておいてはいけない病気だ。その一部は炎症を起こして肝硬変や肝臓がんへと進行し、命の危険をもたらす。肝臓に炎症が起きているかどうか、もしくはその兆候があるかどうか、簡単にチェックする方法はないだろうか。
まずは、肝機能を示す検査値の1つである「ALT値」に注目したい。ALTは肝臓の細胞が慢性的なダメージを受けると上昇してくる酵素で、日本肝臓学会が、「血液検査のALT値が30U/Lを超えたらかかりつけ医等を受診」と呼び掛けているほど重要な指標だ。川口氏は「ALTが30を超えるのは明らかな異常で、単純に肝臓に脂肪がついている脂肪肝ではなく、炎症を起こして悪化していることが疑われるレベルです」と話す。「ALTが30以上は即受診」とまずは覚えておこう。
ただし、ALT値が30を超えていないから絶対に大丈夫、というわけでもないようだ。ALT値が30未満でも、肝臓の線維化が疑われる場合がある。
肝臓の線維化とは、肝臓が炎症などによってダメージを受け、瘢痕(はんこん)組織が形成された状態のこと。脂肪肝において線維化が見られる場合は、炎症を起こして肝炎に進行していることを意味する。線維化が進むとともに、肝硬変→肝臓がんと進行する。
「通常、肝臓の病気があると、傷ついた細胞から血液中に放出される酵素の量(ALT値)は上昇します。しかし、肝臓の線維化が進むと、肝細胞の数自体が減少するため、ALTの放出も低下し、ALT値が30未満になることがあるのです」(川口氏)
ALTが30未満、つまり正常範囲内だと、「肝臓には問題がないだろう」と考えてしまいがちだ。だがそこで安心してしまう前に、複数の数値を組み合わせて肝臓の異常を察知できる、もう1つの指標もぜひ利用してみてほしい。それが、肝臓の線維化の程度を予測する「FIB-4(フィブフォー)Index」だ。
FIB-4 Index値は、健康診断や人間ドックの血液検査で測定したAST、ALT、血小板数、年齢から計算することができる。複雑な計算式であるため、自動計算を利用するのが便利だ。日本肝臓学会のホームページにも、自分のAST、ALT、血小板数、年齢を入れるとFIB-4 Indexを算出できる機能がある。
皆さんの値はいくつだっただろうか。1.3未満が「線維化のリスクは低い」、1.3以上2.67未満が「線維化が進んでいる可能性あり」、2.67以上が「肝硬変の一歩手前の可能性あり」となっている。1.3を超えると受診が勧められる。
「FIB-4 Indexが1.3以上になった人のうち、実際に線維化がある人は半数程度だといわれています。そこで医療機関ではまず、肝臓の線維化の進行度を測る血液検査の項目である『M2BPGi』や『ELFスコア』を測定し、異常値だったら消化器内科などに紹介する流れが一般的です。2つとも保険適用で、どの医療機関でも採血することができます」と川口氏は話す。
脂肪肝が肝硬変に至ってしまってからでは、治療で正常な肝臓に戻すことはできない。だが、脂肪肝の段階であれば、肝臓の状態を正常に戻すことは可能だ。早め早めに対策したい。
エコー検査を受けなくても脂肪肝リスクがわかる「脂肪肝指数」
本記事は、既に脂肪肝を指摘されている人向けに、脂肪肝の悪化の兆候をつかむ方法などを解説してきた。だが、中にはそもそも自分は脂肪肝かどうかが分からない人もいるだろう。脂肪肝を見つけるには腹部超音波(エコー)検査が必要だが、職場の健康診断には組み込まれていない場合も多い。腹部エコー検査を受けずに自分の脂肪肝のリスクを知る方法はあるのだろうか。
そうした人たちに川口氏が勧めるのが、一般的な健康診断の検査値を用いて脂肪肝のリスクを調べられる「脂肪肝指数(Fatty liver index)」だ。脂肪肝指数は、健康診断で分かる中性脂肪、γ(ガンマ)-GTP、BMI、腹囲の4つの項目から計算する。
計算式は複雑なため、日本循環器病予防学会のホームページ 脂肪肝指数の計算などで提供されている自動計算を利用しよう。BMIは、「体重(キロ)÷ 身長(メートル)÷ 身長(メートル)」であらかじめ計算しておこう。
脂肪肝指数が30未満の場合は、「現在のところ脂肪肝の可能性は低い」、30以上59以下の場合は、「脂肪肝の疑いがある」、60以上の場合は、「脂肪肝の可能性がある」とされる。30以上59以下の場合は、可能ならかかりつけ医を受診しよう。60以上であれば、かかりつけ医の受診と腹部エコー検査が勧められる。
川口巧氏
久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門教授。1999年久留米大学大学院卒。2000年米国テキサス大学留学などを経て、2022年久留米大学医学部消化器内科主任教授に就任。専門は脂肪肝の栄養・運動療法で、肝炎体操考案者の一人でもある。日本肝臓学会賞をはじめこれまでに5つの賞を受賞し、アジア太平洋肝臓学会 脂肪肝診療ガイドライン委員や世界脂肪肝評議会の委員なども務める。米国ABC News、NBC News、NHK「あさイチ」やテレビ朝日「たけしの家庭の医学」などメディアにも多数出演。
(まとめ:原田寧々=日経Gooday、図版制作:増田真一)
[日経Gooday2024年4月15日付記事を再構成]
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