鳥取県中部に位置し北に日本海、南に大山を望む琴浦町でクラフトビールを製造する「徳万尻日乃本麦酒」は、地元の農産品をビールの原料として注ぎ込む。出来上がりはミルク風味、ブルーベリー味など個性的だ。作り手は「尖(とが)った商品。なのに馴染(なじ)む」という文言で飲む側を誘惑する。
事業者で居酒屋「酒房 銀」を営む島﨑早苗さんと、醸造責任者の万代裕貴さんを訪ねた。さっそく「白(びゃく)」という名前のビールを勧められる。一口飲んでまもなく、ミルクキャンディーの香りが鼻から抜ける。
原料は地元の脱脂粉乳を使用したという。「琴浦には鳥取県民自慢の『白バラ牛乳』を生産する大山乳業農業協同組合がある。白バラ牛乳に着想を得た」と万代さん。「ミルクビール」に驚きつつも味わいはすっきりしている。癖になるクラフトビールだ。
次に「紡(つむぐ)」を試飲。これは近くの畑に生える桑の葉を乾燥させ袋詰めにして仕込みの最終工程である煮沸の終了直後に醸造タンクに漬け込んだ。桑の香りとエキスが注入された逸品も最初は戸惑ったが、のどごしが爽やかで大地の恵みを実感する。
島﨑さんは2022年、徳万尻日乃本麦酒を創業した。きっかけは20年春からの新型コロナウイルス禍。「居酒屋が開店休業になった。店の中には飲料水の小さな製造工場があったが、町役場の産業振興の職員から工場を改装してビールを作らないかと打診され、食べていくために応じた」と振り返る。
以降、車で片道2時間半かけて岡山市の地ビールメーカー「吉備土手下麦酒」に通う。必死に学び倉吉の税務署から認可された。小規模醸造所のためクラフトビールを名乗る。島﨑さんは地域のために自分ができることを考え、地元産品の地産地消に貢献できればという思いで「白」「紡」など3種を開発した。
まずは「酒房 銀」で常連客に提供。23年から米子市で月1回開かれる「地ビールフェスタ」に参加した。たるで60〜100リットルを仕込み、1杯500円で販売する。やがて評判になり県内各地の催事販売に進出。瓶ビール(330ミリリットル入り)も品ぞろえする。
生産量の増加に伴い、福岡市のクラフトビール醸造所「ブルーマスター」で働く万代さんを招いた。万代さんも琴浦の自然に魅了され、ネット通販を始める。「白」と「紡」は660円。24年6月にはブルーベリーを原料に使った「裏切(うらぎり)」(限定商品)を販売した。限定品は2カ月に1回投入する。
万代さんは「自分が作りたいものを作る。分かる人には分かる尖ったビールを目指す」と話す。
島﨑さんと万代さんのもとには地域の農家からイチジクの葉やサツマイモなどがビールの原料として持ち込まれる。「酒房 銀」はミルクビールで島﨑さんの料理に舌鼓を打つ客でにぎわう。コロナ禍転じて福となす琴浦の新たな風景だ。
(鳥取支局長 保田井建)
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