東京・新宿から埼玉県川越市まで走る西武新宿線は、全国で最も「開かずの踏切」が多い路線だ。ラッシュ時など1時間に40分以上閉まってしまう踏切がなんと50カ所以上もある。なぜこれほど多いのか。背景を探っていくと、バブル期に計画された幻の計画の存在が浮かんできた。

沿線の「開かずの踏切」52カ所 全国最多

国土交通省によると、西武新宿線にある開かずの踏切は52カ所(2022年末時点)。最も「開かない」踏切は高田馬場駅周辺で、ピーク時になんと1時間のうち57分も閉まっているという。

近くに歩道橋や迂回路がある場所はまだいい。中には通学路だったり路線バスのルート上だったりと、日常生活に支障をきたす踏切も多く残っているのが現状だ。

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西武新宿線の沿線には、ピーク時、1時間に40分以上閉まっている「開かずの踏切」が多い(東京都中野区)

こうした状況に対し、東京都では鉄道と道路を立体交差させる事業を進めている。この3月には西武新宿線の井荻-西武柳沢駅間で立体交差事業に着手すると発表した。鉄道を高架化し、19カ所の踏切を撤去する計画だ。

また、中井-野方駅間では鉄道の地下化を目指して工事が進んでいる。高架化に向けた工事が進む東村山駅周辺、さらには現在事業化の準備を進めている野方-井荻駅間を合わせると、西武新宿線沿線では44カ所の踏切がいずれなくなる方向だ。ただ、工事が終わった区間はまだない。

一方、同じ西武鉄道でも、池袋線では既に立体交差事業が完了している。1971年(昭和46年)から2015年(平成27年)までの間に28カ所の踏切を撤去した。この差は何か。なぜ新宿線では踏切解消が遅れているのか。

東京都内で進行中の連続立体交差事業。西武池袋線は完了しているが、新宿線はこれから(東京都資料)

バブル期、急行が地下を走る計画があった

謎を解く鍵が、西武新宿駅にある。訪れてみると、そこは歌舞伎町だった。JR新宿駅東口まで歩くと10分ほどかかる。この遠さが、踏切解消の遅れと関係しているのだ。

そもそも西武新宿駅は、新宿駅の東口ビルと接続する予定だった。しかし、場所の制約などで断念した経緯がある。その後、バブル期になって再び、東口に乗り入れる計画が浮上した。「地下複々線化計画」だ。これこそが、踏切解消が遅れた一因となった。いったいどんな計画だったのか。

新宿駅ビルの計画案(制作年は不明)。右側に見えるのが西武新宿線の高架で、駅ビルの2階に乗り入れる計画だった。駅ビルは現在のルミネエスト新宿(新宿歴史博物館所蔵)

雑誌「鉄道ピクトリアル」の1992年5月臨時増刊号に、西武鉄道の当時の企画課長が計画の概要を書いている。それによると、新宿線の西武新宿-上石神井駅間(約13.4キロ)の地下に急行用の新しい線路を造り、地上と地下とで複々線化するという。地下の途中駅は高田馬場駅のみで、西武新宿駅はJR新宿駅に近づけ、地下通路でJRなどへの乗り換えが可能となる。

地上は普通列車が走るため踏切がなくなるわけではないが、当時上下合わせて1時間に52本走っていた列車のうち、地上は24本に減る。「踏切のしゃ断時分は半減し、交通渋滞は大幅に緩和される」と企画課長は記す。実現していれば、開かずの踏切は解消されていたかもしれない。

ではなぜ地下の計画だったのか。そこには池袋線での苦い経験があった。

西武新宿線の地下複々線計画。途中駅は高田馬場駅だけだった(「鉄道ピクトリアル」1992年5月臨時増刊号から)

池袋線、高架に地元が反対 新宿線は地下目指す

同じ号の「鉄道ピクトリアル」に、西武鉄道の長谷部和夫常務(当時)のインタビューが載っている。そこで長谷部常務はこう漏らしている。「とてもではないが高架の複々線をつくる元気がでてきませんでした」。池袋線の高架事業が地元の反対でなかなか進まなかったため、新宿線では地下を目指した、というのだ。確かに当時進んでいた池袋線の立体交差事業(富士見台―石神井公園駅間)は、完成まで26年もかかっている。

「鉄道ピクトリアル」1992年5月臨時増刊号に、西武鉄道の計画詳細が載っていた

企画課長も経緯を記している。ちょっと長いが引用しよう。

「高架による複々線化は沿線住民の反対により中断している経緯もあり、住民の方々の理解を得るのに時間がかかる。地価高騰により用地買収費が巨額になる。用地取得にも長い時間がかかる。などの理由により早期実現は非常に厳しいと判断し、在来線の直下40m〜60mにトンネルを掘り複々線化を図ることを計画した」

1993年(平成5年)には東京都が都市計画決定をして、計画は本格的に進み始める。完成予定は1997年(平成9年)だった。

だが1995年(平成7年)、西武鉄道は一転して計画の無期延期を発表する。理由は費用の膨張と乗客の減少だった。地下水対策などで想定以上の費用がかさんだところへ、バブル崩壊の荒波が押し寄せた。

ただ、都市計画自体はその後も残り、正式に計画が廃止されたのは2021年のこと。こうした事情が、立体交差事業の遅れにつながった。

西武新宿と東口間の地下通路、ついに動き出す

新井薬師前駅など一部区間については、2026年度中にも立体交差が完成する見込みで、開かずの踏切も一部解消する。西武鉄道ではこのほか、「賢い踏切」の導入や「無線式列車制御(CBTC)」という次世代の信号システムの導入によって、踏切の閉まる時間を最小限にしようと取り組んでいる。

西武新宿駅と新宿駅東口を結ぶ地下通路が完成すると、乗り換え時間が大幅に短縮される(西武鉄道プレスリリース)

また、西武新宿駅については、東口に向けた地下通路計画がついに動き出した。実現すれば、現在11分かかっている乗り換え時間が5分に短縮される。西武鉄道によると「2025年度以降に事業推進していく方針」という。

悲願ともいえる地下通路と踏切の解消。実現はまだまだ先ではあるが、沿線では期待が高まっている。

(編集委員 河尻定、映像 塚本直樹、映像制作協力 スタジオスリーエイト)

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