タイ料理などに使われるパクチー。2016年には有名グルメサイトが「今年の一皿」にパクチー料理を選ぶなどブームが巻き起こった。このパクチーの全国有数の産地が静岡県の磐田市周辺だ。メロンの温室栽培が盛んなこの土地がパクチー産地になったのには理由がある。重油価格の高騰だ。

全国有数のパクチー産地

パクチー目揃え会に参加した生産者
この記事の画像(14枚)

2024年6月、磐田市で開かれていたのは、JA遠州中央・香菜(しゃんさい)部会の目揃え会だ。香菜とは、パクチーの中国名。パクチーの栽培が難しい夏の暑い時期に品質を落とさないよう、生産者たちが出荷の規格などを確認した。

JAの担当者は「パクチーについては他産地に比べ優位な販売ができている。昨年度の夏場は絶対量不足になることもあり、市場からの注文に十分に応えることができなかった。今年は体調管理に注意して、1ケースでも多く出荷していただければ」と生産者に依頼した。

JA遠州中央のパクチー

中国や東南アジアの料理には欠かせないパクチー。2016年には日本でも“パクチーブーム”が起きた。

マスクメロンの産地として知られる袋井市や磐田市などをエリアとするJA遠州中央は、全国に先駆けて1981年にパクチー栽培をスタート。チンゲンサイや豆苗といった、中国野菜の栽培に取り組んだのがきっかけだった。

2015年には香菜(=パクチー)部会が設立され、2024年7月現在で25人の生産者が所属している。JAの担当者は「品質の良さと独特の強い香りを評価してもらっているので、期待を裏切らないように、しっかりと栽培しながら、お客様に届けられるように続けていければ」と話す。

重油高騰でメロンから転作

磐田市と袋井市で栽培されるパクチーのほとんどがガラス温室での栽培となっている。

磐田市のパクチー農家・池之谷衛さん(58)は10年ほど前からパクチー栽培を始め、現在は香菜部会の部会長を務めている。池之谷さんのこだわりは種を蒔くとき機械ではなく手で蒔くことだ。「発芽もいい」と言う。

農家として40年のキャリアを持つ池之谷さんだが、以前は30年にわたって温室メロンを栽培していた。

静岡県の特産品として国内外からも人気を得ている温室マスクメロン。品質を保つために冷え込みが厳しい夜間でもハウス内の温度を20℃程度に保つ必要があり、毎年10月頃から5月頃まで重油を使って暖めて栽培している。

しかし、重油価格の高騰で経費が増加し、池之谷さんはパクチー栽培へ転作した。

池之谷さんは「知っている中で(重油価格が)一番安い時は(1L)30円代。いま100円を超えているので3倍近く。燃料の高騰や将来を考えて、一人でやるにはメロンはきついと思って、周りで先にパクチーをやっていた人がいたので相談しながら決めた」と転作の理由を説明する。

パクチー農家の8割がメロンから転作

「最初は発芽してもうまく成長しなかった」と話す池之谷さんだが、根気強く観察し、水やりの間隔などメロン栽培で培った技術を活用した。

池之谷さんは「(パクチーに転作したことで)休みがとりたい時にとれる。趣味で遊びに行こうと思えば、1日くらい家を空けても平気。メロンは温度管理などが大変で、他に面倒を見てくれる人がいないと1日(家を)空けられない」と転作が進んだ理由の一端を明かす。

JA遠州中央によると、この地域のパクチー農家の8割がメロンからの転作だという。

1年を通して栽培が可能

ガラス温室でのパクチー栽培は、暑い夏こそ成長不足や直射日光で葉焼けを起こす場合もあるため遮光ネットや換気など対策に追われるが、冬は暖房を使わずに栽培ができ、1年を通しての栽培が可能だ。

夏は種植えから出荷まで40日程度、真冬でも60日程度で出荷ができる。

JA遠州中央の香菜部会の会員のほとんどは通年でパクチーを栽培しているが、中には夏はメロン、 冬は燃料を使わずにパクチーを栽培している人もいるそうだ。

収穫されたパクチーはJAの流通センターに運ばれ検査が行われたあと、新聞紙や保冷剤を入れて低温を保ちながら鮮度を落とすことなく東京や横浜の市場を通じて飲食店で提供される。

池之谷さんがすすめる食べ方はサラダ。「一番味がわかる」からだ。

地元のカレー店でも提供

磐田産のパクチーを地元で提供している「R食堂 IWATA CURRY」。

地元の野菜をベースに十数種類のスパイスを加えた自慢のカレーに、パクチーをトッピングして味わうことができる。

大村秀行 記者:
スパイスの効いたカレーに、パクチーのさわやかな香りが良いアクセントになっていて、とてもおいしい

R食堂 IWATA CURRYの小林まどかさんは「『香りがいいね。カレーにトッピングすると更においしいね』という声を聞く。まずはカレーを一口食べてもらって、その後パクチーをトッピングして食べてもらうと、まるでタイやベトナムなど東南アジアに旅行した気分にもなる。そういう意味で、楽しんでもらえる野菜だと思っている」とパクチーの魅力を強調する。

高齢化による生産者減少が課題

品質の良さが認められている一方で課題もある。高齢化による生産者の減少だ。

JA遠州中央 香菜部会の会員の平均年齢は70歳を超えていて、9年前の部会立ち上げ当初は43人いた会員は、2024年7月時点で25人にまで減っている。

生産者の拡大に向けて、JAも農家への声掛けや栽培指導をするほか、空き温室の情報があれば栽培したい人とのマッチングにも力を入れている。

JA遠州中央 園芸課・佐藤智康 主任:
新しい生産者の獲得ということで、メロン農家を中心に栽培提案や夏場に強い品種での栽培作りを提案している。品質の良さや味の濃さが売りとなっているので、栽培(技術)を高位平準化しながら消費者に届けられるように栽培の支援を行っていきたい

好き嫌いは分かれるものの、一度クセになるとまた食べたくなるパクチー。

世界情勢の影響も受けやすい原油価格の高騰がさらに進む中で、年間を通して栽培できるため、「重油を使わない農業」として農家にとっての選択肢のひとつになりそうだ。

(テレビ静岡)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。