リニア中央新幹線の開業が当初の27年から「34年以降」の見込みとなった。東京・品川―名古屋が40分で結ばれるという「夢」を見つつ、沿線地域の住民が向き合っている「現実」とは。リニア中間駅が建設される現場を歩いた。【高橋昌紀】
山梨県中央市にあるJR小井川駅は、身延線で甲府駅から20分ほどの無人駅だ。単線区間で、小さな待合室があるホームが一つ。交通系ICカードは使えず、甲府駅で購入した240円切符を回収箱に落として駅前に出た。
見上げれば巨大な長方形の構造物。高さ20メートルはあろうか。間違いなく、リニアの高架だ。ここが、山梨県内でのリニア中央新幹線の“最寄り駅”となる。
「『経営は苦しいだろうが、リニアが開業するまでは頑張れ』。10年前に社長になったとき、そう励まされたものです」。駅に隣接する「花輪タクシー」事務所。取材に応じてくれた代表取締役の水上春樹さん(52)が苦笑した。
人手不足に悩むタクシー業界。この会社も例外ではなく、運転手12人のうち10人が60歳を超えているという。新型コロナウイルスの感染拡大による業績不振の影響も色濃く、中央市では同業者の廃業が相次いだ。今では水上さんの会社が、市内では唯一のタクシー事業者となった。
ただ、“地域の足”を守らねば――と気負うほどの余裕はない。リニア開業は延期になったが、落胆している暇もない。「どうにか会社を潰さないよう、日々が必死」と吐露しつつ、最後に付け加えた。「隣の南アルプス市に来春、コストコがやってくる。そっちに期待だね」
タクシーの1台に乗り込んだ。リニアの高架は身延線をまたぐが、中間駅は小井川駅のそばではない。予定地は東に3キロほど、甲府駅とは約8キロ離れた場所にある。山梨県の計画では、リニア駅と小井川駅の間でシャトルバスを運行。近くの中央道ではスマートインターチェンジ(IC)の開設が予定されている。
10分足らずで着いた甲府市大津町地区は訪れた8月初め、水田に目に鮮やかな緑の列が整然と並んでいた。リニアに関連すると思われる構造物は何もなく、どこに駅ができるかさえ判然としない。
「ロープで囲んでいるところですよ。農地でなくなったから、雑草が生い茂っているでしょ」。出迎えてくれた大津町地区開発対策協議会会長、横谷英臣さん(65)が指さした。「会社勤めをしても、田んぼは守ってきた。米を買ったことがない」という土地柄。リニアのため、ICのため、住民たちは先代からの農地を提供したという。
日本的情緒あふれる田園風景をリニアの高架軌道が横切り、高さ30メートルの高架駅が姿を現すことになる。横谷さんは「決まったことには協力する。便利になることは間違いないが、『万歳』という訳でもない」と淡々と語った。
今はただ、住民たちの生活環境を守ることが第一だという。タクシー会社の水上さんと同じく、リニアに過剰な期待は抱いていないようにも見えた。
リニア中央新幹線
時速500キロ超の超電導磁気浮上方式の車両で東京と大阪を最速67分で結ぶ。東海道新幹線の経年劣化や大規模災害に備えて計画された。総事業費は概算で9兆300億円。事業主体のJR東海が自己負担するが、国の財政投融資(3兆円)を受けている。当初は東京・品川―名古屋間(最速40分)の先行開業を2027年としていたが、JR東海は24年3月に「静岡県工区の工期に10年は必要」と表明し開業は34年以降の見込みとなった。
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