一昔前のドラマなら、主人公を演じるのは若い美男美女というのが相場だった。ところがここ最近は、中高年男性、いわゆる「おじさん」が主人公のドラマがめっきり増えた。
演じるのも渋い男性俳優が多い。そんな「おじさんドラマ」がいまなぜ増えているのか? 歴史をたどりつつ、そこに垣間見える世間のおじさん観の変化を探ってみたい。
今期は2本のドラマで「おじさん」が主人公
この4月から始まった『VRおじさんの初恋』(NHK)。
独身中年男性が、好きなVR(仮想現実)のゲームの世界でひとりの天真爛漫な少女と出会い、恋に落ちる。だがお互いに見えているのは、アバターとしての姿。突然ゲームの世界から去ってしまった相手に、男性は現実で会いたい気持ちを募らせる……。
この男性を演じるのは野間口徹。多彩な役柄をこなす脇役としておなじみの俳優だ。
とりわけ一癖も二癖もありそうな怪しげな人物を演じさせたらピカイチ。ミステリーに登場すれば「犯人?」とつい思ってしまう。その独特の存在感は追随を許さない。
しかし、このドラマでは主演。しかもNHKでは初主演とのこと。そのことがまず目を引く。
野間口徹が演じる男性は、職場ではまったく冴えない。年下の上司にも頭が上がらない。だが優しい心根の持ち主で、そのことをわかってくれる同僚もいる。でもやはり孤独だ。
そんな男性の楽しみが、少女姿のアバターを使ってプレイするVRゲーム。そこでだけは安らぎを得ることができる。野間口徹は、いつもながら肩肘張らない絶妙な演技でそんなおじさんにリアリティを与えている。
同じく4月にスタートした「おじさんドラマ」が、『おいハンサム!!2』(東海テレビ。フジテレビ系)だ。
主演は吉田鋼太郎。吉田が演じるのは、3人の娘を持つ父親。いかにも頑固な昭和の親父といったところ。職場では本部長として多くの部下を抱える一方、娘たちには悩まされっぱなしで気を揉んでいる。
4月から始まっているシーズン2(画像:「おいハンサム!!2」公式HPより)こう書くとありがちなホームドラマのようだが、そうではない。
吉田演じる父親を始め、母親、娘3人もみな個性的。だから何気ない一言や会話もユーモアたっぷりでクスッと笑ってしまう。上質のコメディである。
そうしたなか吉田鋼太郎は一見強面だが愛情深いおやじ役にぴったりで、相変わらず存在感がある。シーズン1のときにも後を引く面白さが評判になり、今回シーズン2となった。映画版も公開予定だ。
「おじさんドラマ」はひとつのジャンルに?
いま、おじさんが主人公の「おじさんドラマ」が増えている。前クールも「おじさんドラマ」は花盛り。いずれも話題になった。
阿部サダヲが主演の『不適切にもほどがある!』(TBSテレビ系)、原田泰造が主演の『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(東海テレビ。フジテレビ系)は、昭和の価値観に染まったおじさんが、令和の若者たちと衝突したりしながらも少しずつ変化していく物語という点で共通していた。
そして田中圭、林遣都、吉田鋼太郎による『おっさんずラブ-リターンズ-』(テレビ朝日系)は、いうまでもなく男性同士の恋愛模様を描いた人気シリーズの続編。今回は、井浦新と三浦翔平も加わり、ますます濃いストーリーが繰り広げられた。
このように、一口に「おじさんドラマ」と言っても、年齢や性格などおじさんの人物設定にはだいぶ幅がある。もちろん『VRおじさんの初恋』や『おいハンサム!!2』に出てくるおじさんも、これらとはまた違う。
だがだからこそ、それだけ主人公をおじさんにすることが特殊なことではなくなっているのがよくわかる。少し大げさかもしれないが、「おじさんドラマ」はひとつのジャンルになりつつあるような印象さえある。
「おじさんドラマ」を定着させたテレビ東京
こうした傾向は、いつ頃からのものなのだろうか?
2つのドラマに思い当たる。ひとつは『孤独のグルメ』、もうひとつは『バイプレイヤーズ』だ。
『孤独のグルメ』については、改めて説明の必要もないだろう。2012年にスタート。松重豊が演じる主人公・井之頭五郎が、毎回仕事で訪れた街でお腹が空き、食事をする。ただそれだけのドラマだ。
出演者も松重以外は少なく、ほとんど井之頭五郎がひとりで食べる場面だけ。深夜の放送ということもあったが、松重がいかにも美味しそうに食べる姿が「飯テロ」と人気になり、シリーズ化された。
松重豊はこのとき48歳。連続ドラマの主演は初めてだった。それまでは渋い脇役として知る人ぞ知る存在だったが、この『孤独のグルメ』で一気にブレークした。その後は、主役も脇役も演じられる俳優として貴重な存在になっている。
その松重豊も主演のひとりだったのが、『バイプレイヤーズ』というドラマシリーズだ。
こちらは、いまのドラマ界に欠かせない名脇役たちが本人役で出演。たとえば、第1シリーズでは、遠藤憲一、大杉漣、田口トモロヲ、寺島進、松重豊、光石研の6人が主演した。このときは、この6人が大作映画で共演することになり、シェアハウスで共同生活を送るという物語だった。
一種のバックステージものでスケジュールの変更などに振り回されるおじさん俳優たちの姿がなんとも愛おしい。そしてなによりも、脇役としては知られた俳優たちが一堂に会し主役を務めるという企画の大胆さが際立つ。2017年の第1シリーズが好評を博し、結局第3シリーズまで制作された。
この2作品に共通するのは、制作がテレビ東京という点。
テレビ東京と言えば、他の民放キー局ができないようなニッチな企画を番組にして成功させることで定評がある。その意味では、ドラマのなかのニッチな分野だった「おじさんドラマ」についても貢献度は高い。
「おじさんドラマ」を深夜だけにとどめておかなかったのも、テレビ東京らしい。
2014年に放送された『三匹のおっさん』。北大路欣也、泉谷しげる、志賀廣太郎が演じる幼なじみ3人が自警団を結成し、町内に起こる犯罪やトラブルを解決する。
3人が剣道など得意技を生かして大立ち回りを演じるアクション場面が見せ場。また特殊詐欺など現代人に身近な犯罪がストーリーに巧みに盛り込まれる一方、家族愛たっぷりのホームドラマでもあった。視聴率も好調で、こちらも第3シリーズまで制作された。
『孤独のグルメ』や『バイプレイヤーズ』は深夜ドラマだったが、こちらは金曜夜8時台の放送。まさにゴールデンタイム中のゴールデンタイムである。「おじさんドラマ」がメジャーになった瞬間だった。
これら一連のドラマが当たったことによって、「おじさんドラマ」は晴れてニッチなものではなくなった。『おっさんずラブ』が大ブームを巻き起こしたのは2018年のことだが、そうなる土壌はこうして少しずつ整えられていた。
スター主義からの転換、"おじさん観"の変化
ドラマづくりに関して言うと、こうした「おじさんドラマ」の台頭はスター主義から転換するひとつのきっかけになったとも言えそうだ。
ビッグスターありきのドラマづくりではなく、設定の面白さや企画のユニークさで勝負するドラマづくりを重視する流れを「おじさんドラマ」の成功は促したのではあるまいか。
またこうした「おじさんドラマ」からは、おじさんという存在に対する世間のイメージが変わってきている部分も垣間見える。
少し前までなら、おじさんはがさつで考えが古いといったような凝り固まったイメージが一般的だった。だからドラマでの扱いもそうだった。
だが最近の「おじさんドラマ」では、もっとおじさんは繊細だし、柔軟性がないわけではないものとして描かれるようになっている。野間口徹、吉田鋼太郎、阿部サダヲ、原田泰造らが演じるおじさんを見れば、それは明らかだ。
もちろん現実にはそうではないおじさんもまだまだ多いだろう。だがおじさんだって変わるべきところは変われるし、新しい価値観を認めていないわけではない。
「おじさんドラマ」に出てくるおじさんには、そんなささやかな希望が感じられる。時代も転換期にあるいま、だから「おじさんドラマ」はこれほどつくられ、支持されるのではないだろうか。
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