◆海自、陸自、空自、統幕、背広組も…
「これまでも防衛省には勧告し、意見しているのに誠に遺憾だ。厳しく対応しなければいけない」。海上自衛隊の複数の護衛艦で「特定秘密」の漏洩が確認された問題で、11日に非公開で開かれた衆院情報監視審査会。防衛省から説明を受けた岩屋毅会長は終了後、記者団にこう述べた。防衛省
特定秘密のずさん運用は、陸自、空自、統合幕僚監部、背広組中心の内部部局(内局)にも広がる。3日には、潜水艦を受注する川崎重工業が捻出した裏金で海自の乗組員が飲食接待などを受けていたことも判明。複数の潜水隊員が実際は潜水していないのに手当を受け取ったことや、内局の複数幹部のパワハラ行為も明らかになった。 10日に開かれた自民党の国防部会と安全保障調査会の合同会議で批判を受けた松本尚防衛政務官は「ご心配とご迷惑をおかけしている」と陳謝している。 自衛隊基地のある街で注視する人たちは、不祥事の連続をどう見ているのか。◆運転手が聞いた「いじめてやった」
海自呉基地に加え、新たな防衛拠点計画が浮上した広島県呉市。市民団体「日鉄呉跡地問題を考える会」共同代表の西岡由紀夫さんは、「防衛費が43兆円と膨れ上がって浮かれているんじゃないだろうか。不信感しか生まれない」と憤る。 川重からの接待問題については「上意下達の組織で、長年にわたり続いていたのは闇深さを感じる」と指摘。酒井良海上幕僚長が引責辞任の意向を示しているが、「組織を解体するぐらいの意気込みでの抜本的改革が必要だ」と訴える。 「組織にたまっていたストレスのマグマが一気に表面化した」と話すのは、神奈川県横須賀市の市民団体「ヨコスカ平和船団」の鈴木茂樹さん。2年前まで市内でタクシー運転手をしており、海自隊員や防衛大学校の学生から「勤務がきつい」「いじめてやった」「いじめられてる」といった言葉をよく耳にしたという。「軍備増強で業務が増える一方で、人員不足が慢性化している。ストレスがたまりやすい構造の中、上手に発散ができない結果なんでしょうね」◆そもそも、何が特定秘密だったのか
米海軍横須賀基地に停泊している原子力空母「ロナルド・レーガン」(資料写真)
「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」共同代表の呉東正彦弁護士も「『またか』が正直な印象だ。川重の接待や、相次ぐパワハラは組織の風通しが悪い証拠だ」とみる。「処分だけでなく、二度と起こさないよう再発防止策を講じなければならない」 ただ特定秘密のずさん運用には、「処分の前に考えるべき問題がある」とくぎを刺す。「何が特定秘密に当たったのか、そもそも、本当に特定秘密にするべき情報だったのか。われわれには状況が分からないまま、情報統制だけが厳しくされていくのは許されるべきではない。客観的に検証できる仕組みが必要だ」◆10人でやるべき仕事を6人で
元海将で自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏は「これだけ問題があちこちで噴出しているということは、順法精神や職業倫理、部隊の規律などさまざまな面で組織が弛緩(しかん)していたと言わざるを得ない。言い訳の余地がない」と指摘する。 香田氏は「絶対にあってはいかんことです」と繰り返しつつ、不祥事が続発する背景を推察する。「中国やロシアの艦船の活動が活発になり、そのたびに現場では、警戒監視活動にものすごい時間を割かれている。任務が増えているのに、現場では慢性的な人手不足。10人でやるべき仕事を6人でやるような状況があちこちで起きている」◆「石を抱かされても黙る」からバレない
その上で、戦闘指揮所に特定秘密の無資格隊員を配置した問題について危惧する。「任務を達成するのに十分な人員がいない状況で、無資格運用をやらざるを得ない状況があったのでは。規則違反で、弁解の余地はない。ただ、現場を締め上げるだけでは根本的な治療にはならない。実力以上の仕事を現場に求めない工夫も必要だろう。こうした背景の問題に手を打たないと、同じようなことは3自衛隊どこでも起きうる」海上自衛隊の潜水艦(出典:海上自衛隊ホームページ、本文とは関係ありません)
元海上自衛官で軍事ライターの文谷数重氏は「国民の血税をないがしろにしかねない」として、潜水艦乗組員と川重の癒着疑惑を特に問題視する。 文谷氏によると、潜水艦は修理などの際にメーカーの工場に入り、乗組員はメーカー側の担当者と付きっきりで作業をする。「どこを修理するか、どの部品を交換するかはある程度、乗組員で決められるので、メーカーが慣習的にサービスを続けてきたのでは。潜水艦乗りは、石を抱かされても秘密を守る。口が堅く、フネ(自艦)のことは他の海上自衛官にも話さない。だから長い間続いたのでは」◆国会が閉会したタイミングで発覚
潜水艦は川重と三菱重工業の2社が交代で受注。「当事者が限られ密接な関係になりやすい。競争性も働きにくい」と構造的な課題も指摘する。 一方、特定秘密の問題なども含め大型の不祥事が相次いで発覚したことには「政治的な影響が少なくなるよう、国会が閉会したタイミングを狙った可能性はある」とも述べた。防衛省
不祥事は海自にとどまらず、内局でのパワハラ事案も複数確認されている。今年6月には陸上自衛隊でパワハラ被害の公益通報内容を所属部隊に漏らされたとして、北海道の50代の男性自衛官が国に慰謝料などを求め提訴している。◆多額の予算、組織拡大のおごり
自衛官からハラスメント相談を受けている元自衛官で軍事ジャーナリストの小西誠氏は「この10年ほど相談は増えている。昔は下士官クラスから一般隊員へのいじめのような内容が多かったが、最近は上級幹部から下級幹部へのパワハラが増えている」と述べる。 中国をにらんだ南西シフトによる現場の業務量の増加に加え、防衛予算の大幅な増大で現場の隊員だけでなく内局の事務作業量も膨大になっているという。「あらゆるところにひずみが出ている。抜本的な対応を取らなければ、解決しない」 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は一連の不祥事について「要因はさまざまだろうが、共通するとすれば、第2次安倍政権以降続いた防衛省・自衛隊の拡大に対する反動といえる」と指摘し、こう推測する。 「川重の問題は、多額の予算が割かれ組織が拡大することのおごりがあったのではないか。南西シフトが進み、人が不足する中で現場は過剰な任務や緊張を強いられている。そういう重みが一気に噴き出たように見える」◆デスクメモ
「組織にたまっていたストレス」「組織の風通しが悪い」「組織が弛緩していた」—。不祥事続出に対し「組織」という言葉が並んだ。個々の行為に問題があるのは当然だが、個人への処分だけではもう解決できないということだろう。どう改めるべきか。国会での議論も求められる。(本) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。