連載①川重の接待疑惑
「防衛は今後、ますます発展する事業であることはご存じの通り。当社グループは次世代防衛のリーダーとして期待されている」 防衛省との取引額で国内ナンバー2の川崎重工業。航空機や艦船が映る大型スクリーンを背に、橋本康彦社長が2023年12月、東京都内の会見場で力を込めた。カメラのフラッシュが自信あふれる表情を明るく照らす。

◆防衛費増、業績拡大の足元で迫る税務調査

防衛予算の歴史的増額を追い風に、川重は大きく受注を伸ばしていた。 2023年度の防衛装備品の契約額は3886億円と前年度から倍増。この日は、防衛事業での売上高を2030年までに最大7000億円とする計画をぶち上げた。 この頃、すでに川重には、大阪国税局の税務調査が迫っていた。

◆腕章がなければ入れない潜水艦エリア

JR神戸駅から南東に1キロ。繁華街からほど近い海沿いに、海上自衛隊の潜水艦の製造・修理を担う川重の神戸工場はある。 「神戸工場の従業員でも、腕章を持つ担当者でなければ潜水艦エリアには立ち入ることができない」(川重関係者)。潜水艦任務の高い機密性に対応するように、外部からは「遮断」されている。

川崎重工業の神戸工場で建造された潜水艦「らいげい」の進水式=2023年10月(同社のウェブサイトより)

ここが官民癒着の舞台となった。 高い専門技術を要する海自潜水艦を建造できるのは、川重のほかに国内では三菱重工業だけ。これまで、この2社が隔年で交互に1隻ずつ建造してきた。

◆何でも要望を聞いてくれる「町工場気質」

潜水艦の点検中、乗組員らは工場敷地に隣接する「海友館」と呼ばれる寮に宿泊し、数カ月間を過ごす。夜間は停泊中の潜水艦に泊まり艦を守りながら、昼間は連日修理にも立ち会う。「乗組員と従業員との関係は密になり、定期的に懇親会を開くようになる」(川重関係者) 「ときには仕事終わりに工場近くの酒店で立ち飲みに付き合うこともあった」。30年ほど前、潜水艦の乗組員として神戸工場に出入りしていた元海将の伊藤俊幸氏は、そう振り返る。

川崎重工業の神戸工場(同社のウェブサイトより)

「川重は大企業なのに町工場気質で親しみやすい。『使い勝手が悪いのでこのパイプを曲げたい』『トイレにウォシュレット(温水洗浄便座)を付けてほしい』など現場の要望によく応えてくれた」と明かす。 実際には、こうした現場の要望は、川重の工事担当者から海自側の監督官に伝えられ、必要性を確認した上で、予算措置が取られていた。 しかし、その手続きを知らない潜水艦乗組員たちの間では「他社と違って川重は現場の要望を何でも聞いてくれる」。そんなイメージが定着していたという。

◆架空取引で裏金作り、海自乗組員へ接待疑惑

冒頭の社長会見から半年余りたった今年7月。 川重は、大阪国税局から税務調査で、海自の潜水艦修理を巡り、関係企業との間で架空取引が見つかったことを明らかにした。 川重や防衛省によると、少なくとも過去6年間で十数億円もの「裏金」を捻出し、潜水艦の乗組員に商品券などの提供や飲食店での接待を繰り返していたという。追徴課税は約6億円に上った。

◆外部の目が届きにくい「モグラ」が招いた癒着

1999~21年に海上幕僚長を務めた藤田幸生氏は「任務上、存在が暴露されたら負けという潜水艦は『モグラ』とも呼ばれ、潜水艦乗りの世界は極端に閉鎖的。厳しい適性検査をパスしたエリートたちで、同じ自衛隊員でも部外者には艦内生活のことは一言も漏らさない」と語る。 「潜水艦ムラ」とも言える特殊な環境が、なれ合いを生み、いつしか癒着へと発展したのだろうか。 別の海自元幹部はこう話す。 「自衛隊では古くから企業による接待はあったが、職業倫理が厳しくなった今は通常、直接的な形ではやらない。外部からのチェックの入りにくい潜水艦の世界では、『先輩もやってきたことだから』とそのまま温存されたのかもしれない」

◆木原防衛相と防衛企業トップを揃えた会合で川重社長は…

川重の疑惑発覚からから1週間後、国内防衛企業15社と防衛省との意見交換会が省内で開かれた。 顔をそろえた各社のトップらを前に、木原稔防衛相が「防衛力強化で国民の疑惑や不信を招く行為はあってはならない」と強調。川重の接待疑惑を念頭に置いた発言であることは明らかだった。

防衛省と防衛関連企業との意見交換会に出席した川崎重工業の橋本社長(手前右から2人目)=7月11日、同省内で

真向かいの席に座っていた川重の橋本社長は、口を一文字に閉じ、身を固くしていた。 現在、防衛監察本部が乗組員らへの聞き取り調査を進めている。川重以外の100社にも不正がないか自主点検を求めている。

◆「ゆがんだ防衛政策に税金が使われていないか」

防衛特需の裏で発覚した不祥事に、国民からは厳しい目が向けられている。 政府は、安全保障環境の悪化を理由に、2023~2027年度の5年間で防衛費を従来の1.5倍となる43兆円にまで増やす方針だ。増額分の財源を確保するため、増税も想定されている。 防衛問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏は「政府は国防のために43兆円必要と言うが、本当にそうなのか。増加する予算の中で不適切な癒着構造があるなら、ゆがめられた防衛政策に国民の税金が使われてしまう」と指摘する。     ◇ 8月30日に公表された防衛省の2025年度予算案の概算要求額は、過去最大の8兆5千億円に達した。川重による接待疑惑は、防衛特需に沸く裏で官民が癒着を深め、不正へと発展しかねない危うさを突き付ける。私たちの税金は適切に執行されているのか。43兆円へと肥大化する防衛費を6回にわたって検証する。(この連載は加藤豊大が担当します) 

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