自民党の裏金問題で、党総裁の岸田文雄首相は処分の対象から外れた。その当人は自らの責任について「国民に判断してもらう」とのたまった。衆院解散・総選挙をにおわせる言いぶり。現政権に対する審判は望むところだが、違和感も抱く。まず必要なのは裏金問題の引責のはず。真相解明の棚上げも困る。「すり替え」「おざなり」はやはり見過ごしたくない。(山田祐一郎、山田雄之)

閣議に臨む岸田首相。左は林官房長官、右は上川外相

◆引退表明の二階俊博氏とともに処分見送り

 「最終的には国民と党員に判断してもらう」  自民党の処分が発表された4日夜。岸田首相は自身の責任について、記者団にこう言及した。5日の衆院内閣委員会でも同様の認識を示し、「個人的な政治資金の修正はなかった。派閥の不記載についても他とは内容が異なる」と述べた。

自民党の党紀委員会を終え、記者会見する(奥左から)田村副委員長、茂木幹事長、逢沢委員長=東京・永田町の党本部で

 自民党はこの問題を巡って安倍派、二階派の議員ら39人を処分。安倍派幹部を務めた塩谷立元文部科学相と世耕弘成前参院幹事長を離党勧告とした。  党の調査で政治資金収支報告書への不記載があったのは85人。5年間で不記載額が500万円未満の議員は処分がなく、不記載額が最多の二階俊博元幹事長、自身の派閥の元会計責任者の有罪が確定した岸田氏も処分が見送られた。

◆「選挙で審判を」前のめりになる野党だが…

 政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「処分の基準が役職の重さか、金額の多さか曖昧で説明がつかない」と首をかしげる。  そんな中で出たのが、自らの責任は「国民が判断する」とした岸田氏の発言。「通常であれば選挙を示唆する言葉だが、『党トップの自身をジャッジできるのは国民しかいない』という弁明の意味で使ったのだろう」と読み解く。  岸田氏の言葉に食いついたのが野党の面々だ。立憲民主党の泉健太代表は5日の会見で「開き直って『文句があるなら判断してみろ』という言い方だ」と述べた上で「選挙で国民が首相を処分するしかない」と解散・総選挙に前のめりな姿勢をあらわにした。日本維新の会の馬場伸幸代表も6日、「すぐにでも選挙で信を問うべきだ」と訴えた。

◆野党議員「前回の二の舞いは避けないと」

 立民の中堅議員は「国民が怒りを忘れないうちに選挙をやりたいと思っている人は多い」と党内事情を明かす。一方で「現状が好機だと浮かれてはいけない」とも。立民は2021年10月の前回衆院選で、岸田氏が新総裁に就いた自民に対峙(たいじ)。議席増を狙ったが、逆の結果となった。先の議員は「前回の二の舞いは避けないといけない」と話す。

世耕弘成経済産業相(前列右)と並んで立つ森喜朗元首相(同右から2人目)

 「国民に判断を」という岸田発言から「選挙で審判を」の空気が高まる一方、小さくない違和感も残る。  批判を強めたのが共産党の田村智子委員長。7日の会見で「(岸田氏の)みそぎのために総選挙を使うことになる」と断じた。

◆「みそぎ」の口実になるのでは…懸念も

 岸田氏が自身の処分を棚上げしたまま、総選挙で信を問うことに対しては、市井の人びとからも厳しい指摘が寄せられた。  8日、東京都北区から新橋を訪れた主婦(74)は「まずは上に立つ人が処分やけじめをしっかりとするべきだ」と語り、「選挙となれば、国民の思いにかかわらず『信頼された』という形にされる。何かおかしい」と怒りを込めた。  横浜から新橋に来たという無職今宮五良(ごろう)さん(79)は一連の裏金問題について「何をやってるんだと言いたいね」とあきれ気味。岸田氏自身の処分については「やれと言ってもできっこない。これまでと同じことを繰り返すのか。野党も含めて政治家は情けない」と突き放した。

◆直接審判の前に真相解明を

 総選挙自体は待ち望む人が多いだろう。裏金問題の渦中にある党や議員が民意を代弁する資格があるか、直接審判を下したい、と。  ただ「総選挙をすれば万事解決」とはいかない。  おざなりのままで困るのが裏金問題の真相解明だ。にもかかわらず、自民が所属議員らを対象に行ったアンケートは「収支報告書への記載漏れの有無」「過去5年の不記載額」の2問のみ。国会の政治倫理審査会でも、安倍派や二階派の幹部らは「記憶にない」「知らない」を連発した。  元東京地検特捜部副部長で衆院議員も務めた若狭勝弁護士は「肝心な点を曖昧にしたまま処分して幕引きを図ろうとする自民党は、世間と懸け離れている」と批判する。「裏金をどう使ったのか、どのような経緯で裏金づくりが始まり、誰が還流を復活させたのか。これらが解明されなければ議員の罪深さ、自民党の裏金問題の根深さが分からない。総選挙で国民が投票する判断材料が足りない」

◆幹部への再聴取が必要

 では今、何をすべきか。

自民党大会を終え、会場を後にする森元首相

 若狭氏はまず、軽い処分だった議員への再聴取が必要だと説く。「ほとんどの議員が裏金づくりの実態を知っているはずだ。免責を条件に真実を語るよう促し、概要を把握してから幹部の再聴取に臨むべきだ」  その一方、安倍派に影響力を持つ森喜朗元首相に電話で聴取した岸田氏を「論外だ。真相を電話で話す人間なんて誰もいない」と切り捨て、正当な理由なく出席を拒否できず、ウソをつくと偽証罪に問われる証人喚問の実施を促す。  安倍派幹部のうち、世耕氏の証人喚問を求めるのが近畿大学教職員組合書記長の藤巻和宏教授(日本古典文学)。近大理事長でもある世耕氏は「受けざるを得ないでしょう」と語る。

◆「証人喚問を」SNS投稿の世耕氏にブーメラン

 自民が下野していた2010年2月、当時与党だった民主党の幹部の「政治とカネ」を巡る問題で、世耕氏は「証人喚問は当然。このような疑惑に関して自民党は過去ある程度証人喚問に応じてきましたよ」とSNSで投稿していた。藤巻氏は「人に厳しく、自分に甘く、は許されない」と強調する。

記者団の取材に応じる自民党の世耕前参院幹事長

 真相解明と同様、置き去りにされて困るのは再発防止の議論だ。法政大の白鳥浩教授(現代政治分析)は「連座制を導入し、独立した第三者による監査機関を設けるべきだ。収入だけでなく、支出のチェックも厳しくし、透明性を確保しなければ政治への信頼性は上がらない」と説く。  岸田氏は今月3日、政治資金規正法の改正案の作成作業を急ぐよう、自民側に指示を出した。しかし、自民を除く主要各党はすでに独自の改革案を公表しており、対応の遅れは顕著だ。

◆「国民の興味がそれるのを待っている面も」

 麗沢大の川上和久教授(政治心理学)は「『ザル法』と呼ばれる議員に有利な法律を厳しく改正して、自ら首を絞めたくないとの思いがあるのではないか」とし「時間がたち、国民の興味がそれるのを待っている面もあるだろう」とみる。  裏金問題を巡っては、やらねばならない仕事が山積する。そんな中で岸田氏は8日、米国に向かった。公式夕食会には日本の2人組音楽ユニット「YOASOBI」が招待されることも話題となっている。  川上氏は「米国とのきずなの強さを強調し、自身の支持率を上げる狙いだ。総選挙をにらんでいることが透けて見える」と語る。  浮かび上がる打算。先の若狭氏は「課題を棚上げし、ずさんな幕引きを図ろうとする岸田首相。この姿勢こそ、次の総選挙の争点の一つになる」と話す。

◆デスクメモ

 裏金問題の自民。万博で右往左往の維新。逆風続きの立民にすれば千載一遇の好機と前のめりになる事情もあるだろう。ただ打算の気配が漂えば有権者はげんなりする。岸田氏に対し、そう思うように。彼らと同様に審判の機会は求めたいが、筋を通す姿勢を失ってもらっては困る。(榊) 

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