ブラキプラティストマ・ルソーイ(Brachyplatystoma rouseauxii)という巨大ナマズ。写真は、ブラジルの若い個体。金色の体が特徴。(PHOTOGRAPH BY PROFESSOR DR. DIEGO ZACARDI AND MSC. FABÍOLA SILVA)

数十年前、ロナウド・バーセム氏がブラジルのアマゾン川河口域で巨大ナマズの一種、ブラキプラティストマ・ルソーイ(Brachyplatystoma rouseauxii)の研究を始めたとき、困惑したことがあった。それは、おとなの魚がいなかったことだ。成長すると体長2メートルほどになる金色の魚は、いったいどこで産卵しているのだろうか。

長年にわたる調査の結果、驚くべき答えが明らかになった。この魚は、いくつかの国を越え、南米大陸の反対側であるアンデス山脈のふもとまで、はるばると旅をしていた。2023年11月に学術誌「Fish and Fisheries」に掲載された研究によると、往復1万1000キロ以上の旅は、世界の淡水魚の中でも群を抜いて最長だ。

このような長距離移動を行うことで、若い魚は藻類から虫まで、さまざまな食べものを得ることができる。これは、成長や生存に役立っているはずだ。しかし、体重90キロ以上になるにもなる魚が、このような国境を越える長旅を行うと、乱獲や水力発電ダムなど、人間の脅威による影響を受けやすくなる。

B. ルソーイ。写真は、ブラジルのアマゾン下流域の成体。シーフードとしても人気で、毎年アマゾン盆地で大量に水揚げされている。(PHOTOGRAPH BY PROFESSOR DR. DIEGO ZACARDI AND MSC. FABÍOLA SILVA)

まさにその理由により、回遊性の淡水魚は1970年と比べて76%減少している。今や世界中で最も絶滅が危ぶまれるタイプの動物の一つだ。

このような危機的な状況に追い込まれているにもかかわらず、これまで回遊性の淡水魚はほとんど保護されてこなかった。「移動性野生動物種の保全に関する条約(ボン条約、略称CMS)」に挙げられている約1200種の動物のうち、回遊魚はたった2種。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで近絶滅種(critically endangered)に指定されているメコンオオナマズと、絶滅危惧種(endangered)のミズウミチョウザメだけだった。

しかし、2024年2月、ボン条約の回遊魚に、このB. ルソーイと、同じくアマゾンの巨大ナマズであるピラムターバ(Brachyplatystoma vaillantii)が加わった。これは、南半球の魚で初めてのことだ。

多くの魚類専門家は、この知らせに歓喜した。ブラジル北部のベレンにあるゲルディ博物館の生態学者であるバーセム氏も、その一人だった。「おそらくこれは、アマゾンの水界生態系を保護する取り組みの中で、最も有望なものでしょう」

野生生物保全協会(WCS)で国際政策担当の副理事を務めるスーザン・リバーマン氏によると、今回の登録により、種の移動経路にあたる国の政府同士が協力しやすくなるので、より良い保護計画を立てられる可能性があるという。

アマゾンの豊かな回遊魚

アマゾンに生息する7種の巨大ナマズは、いずれも最上位捕食者であり、河川の生態系のバランス維持に大きな役割を果たしている。さらに回遊魚は、アマゾンの商業漁業量の80%を占めている。巨大ナマズの季節移動は、零細漁業でも産業漁業でも細かく追いかけられている。

今回の新しい研究では、漁獲データ、稚魚の調査、現地調査なども使って、魚の動きを明らかにした。

B. ルソーイの一生が始まるのは、アンデス山脈の近くだ。そして、成長とともに下流に向かって移動していく。最長で17年生きるこの魚は、成長するとまた西に向かい、そこで産卵する。その過程でブラジル、ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルーといった国々を通り過ぎる。

それよりも少し小さいピラムターバも、同じように移動するが、距離は少し短い。ただし、正確な産卵場所はわかっていない。

「産卵のために生まれた場所に戻ることを帰巣と言いますが、これは、移動の距離や環境の変化にも耐える記憶なのかもしれません」と、WCSブラジル支部に所属する巨大ナマズの専門家、ギレルモ・エストゥピニャン氏はそう話す。

毎年やってくる大規模な洪水によって、アマゾン川とその1000を超える支流や、水没林、湿地帯は姿を変え、多様なモザイク状の生態系が生まれる。この点も、繁殖地や餌場を探す回遊魚にとっては好都合だ。

今回の「Fish and Fisheries」の研究によると、アマゾンには少なくとも223種の回遊魚がいる。しかし実際は、これよりもはるかに多いはずだ。

アマゾンの巨大ナマズの主な脅威は、依然として乱獲だ。2007年のアマゾン盆地でのB. ルソーイの年間漁獲量は、少なくとも1万500トンと見積もられた。その後、ブラジルは統計を更新していないが、ブラジルで「ネオトロピカル環境コンサルティング」という会社を経営する魚類生物学者のリジアン・ハーン氏によると、今後、モニタリングを再開する計画もあるという。

ただし、もっと深刻な脅威となるのは、水力発電ダムかもしれない。アマゾンの本流にダムはないが、支流の河川系には、古くからのダム建設計画がたくさんある。こういった構造物ができると、巨大ナマズの移動経路が分断されてしまう。

ハーン氏は、2012年に2つの水力発電ダムができたマデイラ川で、数百匹の巨大ナマズにタグをつけ、8年をかけて追跡する調査を行ったところ、ダムを越えることができた魚は一匹もいなかった。また、ボリビアのマデイラ川上流域で、巨大ナマズの数が激減したことがわかった。

もっと回遊魚の保護を

ボン条約には2つのリストがある。ひとつは絶滅が危惧される種のリスト(附属書I)。もうひとつは、国境を越えて移動するため、保護に国際協力が欠かせない種のリスト(附属書II)だ。2種の巨大ナマズは、まだ絶滅の危機に瀕しているわけではないので、後者のリストに追加された。

今、科学者たちが訴えているのは、動物が地上を移動できるようにする「回廊」と同じように、世界的な「回遊路」を設けることだ。これにより、回遊魚の主要な生息地を保護することができる。

また、バーセム氏らは、条約のリストに載る回遊魚を増やしたいとも考えている。一部が移動する種を含めると、淡水域を回遊する魚で基準に該当するものは900種近くにのぼる。

巨大ナマズの大移動を解き明かそうとしているバーセム氏は、新しいテクノロジーを活用することで新しい知見が得られると話している。「巨大ナマズの回遊の実態は、ようやくわかり始めてきたばかりなのです」

文=Stefan Lovgren/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年3月26日公開)

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