イベリア半島沖で暮らすシャチ(写真はポルトガル沖で撮影された個体)は現在40頭未満で、IUCNは近絶滅種(Critically Endangered)に指定している。(Photograph by Cape Cruiser Sagres)

ヨーロッパ南西部のイベリア半島沖には、小型船を沈没させる有名なシャチたちがいる。沈没事故はつい数週間前にも起こった。2020年に始まったシャチたちのこの不可思議な行動について、遊び、人間への復讐などさまざまな理由が推測されたが、専門家たちがようやく結論に達した。

国際捕鯨委員会(IWC)が5月24日付けで発表した最新の報告書によると、船にぶつかってくる15頭ほどのシャチの群れは、いたずら盛りの「ティーンエージャー」たちのようだという。

研究者たちが、狩りなどで攻撃的な行動をとるシャチと、クラゲやコンブなどで遊ぶシャチの映像を分析したところ、遊んでいる時のシャチに攻撃性は見られなかった。

「彼らはいたずらでもするように、船にそっと近づき、舵(かじ)を鼻先で軽く突いています」。そう説明するのは、IWC科学委員会の委員長で、米ワシントン大学の上席科学者であるアレックス・ゼルビーニ氏だ。「攻撃時とはまるで違う行動です」

「彼らは自分たちの遊びが危害を加えていることを本当に知らないのです……意図的ではありません」と、ゼルビーニ氏は続ける。「若い時は怖いもの知らず。おとなになったら到底やらないことをやってしまうものです」

英国に拠点を置く非営利団体「クジラ・イルカ保護協会(WDC)」でキャンペーン・コーディネーターを務めるロブ・ロット氏は報告書の結論に賛成だ。

「船乗りにとっては不安な行動でしょうが、シャチたちは遊んでいるだけというのは、私たちが目にしたことの確かな結論だと思います」とロット氏は言う。なお氏は今回の報告書には関与していない。

シャチたちに遊ぶゆとりが

世界中の海で暮らし、賢いハンターとして知られるシャチの獲物は生息地によって異なる。

例えばオーストラリアの海で暮らすシャチは、チームプレーで地球最大の動物であるシロナガスクジラを仕留める。南極海では、群れで波を起こしてアザラシを氷の上から海へ押し流して捕らえる。南アフリカの海では、ホホジロザメの肝臓だけを食べる2頭のシャチが有名だ。

一方、イベリア半島沖で生息するシャチが主食としているのはタイセイヨウクロマグロだ。現在この海域に残っているシャチは40頭未満とされ、国際自然保護連合(IUCN)は近絶滅種(Critically Endangered)に指定している。

シャチたちが船にいたずらを始めた理由の1つとして、主食であるタイセイヨウクロマグロの増加があげられる。乱獲のせいで一時は絶滅の危機に瀕していたが、適切な漁獲割当のおかげで近年、数が回復しているのだ。

「タイセイヨウクロマグロが増えて、シャチは十分な栄養を取れるようになっただけでなく、狩りに費やす時間が減り、遊びなどの社会行動をするゆとりができました」とゼルビーニ氏は指摘する。

シャチへの発砲事件も発生、「攻撃」「復讐」は避けて

こうしたシャチの行動を「攻撃」と表現したり、人間への「復讐」だなどと書き立てたりするのは、間違いであるばかりでなく、希少な動物を危険にさらすことになると、報告書は警鐘を鳴らす。2023年8月、ジブラルタル海峡を航行中の船舶に近づいてきたシャチに向けて乗組員が発砲した。保護活動家たちは、これを保護種に対する犯罪だと報告している。

「シャチの動機が復讐でないことは明らかです」と、ロット氏は言う。「人間は何十年もの間、シャチに復讐を誓わせるようなひどいことをしてきました。それでも野生のシャチが人を殺した記録はありません」とも付け加えた。

とはいえ例え遊びであってもシャチが船にぶつかってきたら恐怖を感じるのは当然だ。そこでジブラルタル海峡を航行する船に対し専門家は、シャチが出現しやすい場所を迂回することや、シャチが近づいてきたら速やかに遠ざかり、近くにいる他の船にシャチの位置を知らせることをアドバイスしている。

ダミーの船をけん引したり、舵を改良したりなど、シャチを傷つけずに船を守る方法も試験段階に入っている。

音でシャチを遠ざける実験も計画中だ。「『驚愕反射』を起こしてやれば、シャチは去ります」と、英スコットランドのセント・アンドリューズ大学で生物音響学を研究するトーマス・ゲッツ氏は言う。

ロット氏は、若者たちがやっていることならばいずれ終わると確信している。実際、2024年に入り、シャチが船を傷つけるケースは減っている。

1980年代、米国ワシントン州のピュージェット湾で暮らすシャチの間で、死んだサケを帽子のように頭にのせることが流行った。「この流行も、突然始まり、突然終わりました」とロット氏。

「当面の間は、専門家のアドバイスに従い、冷静に対処することです。そうすれば船乗りにとってもシャチにとっても万事うまくいくでしょう」と、ロット氏は助言する。

文=Melissa Hobson/訳=三好由美子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年6月4日公開)

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