ごく一部の昆虫と植物は「あなたなしでは生きていけない」といえるほど強い絆を結んでいる。ある昆虫は決まった植物の花粉だけを運び、植物は貴重な種子を幼虫のエサとして提供する。このように相手の存在なしでは繁殖できないほど強く依存し合った関係は「絶対送粉共生」と呼ばれる。小石川植物園の川北篤園長は長年、絶対送粉共生の研究を続けてきた。この関係を生きたままの状態で展示した温室を訪ねて、小さな花で繰り広げられる攻防などについて川北園長に聞いた。
――赤い実がたわわに実っていて、温室内でもひときわ目を引きます。注意深く観察すると、小さなガもあちこちにくっついています。
「奄美大島を中心に生育するオオシマコバンノキという植物だ。体長5ミリメートル前後のハナホソガと絶対送粉共生の関係を築いている。花は緑色で小さく、あまり目立たないが、夜になると強い香りを放つ。この香りに誘われるように、ハナホソガは雌花に産卵に訪れる。幼虫は種子を食べるため、ただやみくもに卵を産みつけても幼虫は育たない。自分が産卵した雌花を確実に受粉させて、エサとなる種子をつけてもらう必要がある。ハナホソガは雄花に立ち寄って花粉を口吻に集めて、それを雌花に積極的につける能動的な送粉行動を発達させている」
――ハナホソガは他種の植物に"浮気"することはないのでしょうか。
「一途に1対1の関係を保っている。オオシマコバンノキが含まれるコミカンソウ科は2000種ほどあるが、そのうち約500種がハナホソガと絶対送粉共生の関係にある。日本では沖縄など南西諸島を中心に広がり、奄美大島で調査したときには、コミカンソウ科のカンコノキなど4種の花が近くで同時に咲いていた。ハナホソガ属のうち決まった種がそれぞれの共生相手となり、他種には目もくれずに特定の植物だけを受粉させる」
――ハナホソガはどのように共生相手を見分けていますか。
「花の香りを手がかりにしている。夜になるととても甘い香りがして、人間の鼻でも種ごとの違いをはっきりと判別できる。香りを詳しく調べたところ、それぞれに特別な匂い物質が含まれているわけではなく、いくつかの匂い物質の組成が種類ごとに異なっていた。どれも植物の匂い物質としては特別なものではないが、それらの組成を変えることで種ごとに特有の香りを調合していた」
――ハナホソガは卵をたくさん産みつけるほど多くの子孫を残せますが、共生相手の植物は種子が減ってしまいます。
「そこに攻防がある。例えば、ウラジロカンコノキは雌花につき1個の卵までなら見逃してくれるが、2個以上になると、果実になる前に雌花を落としてしまう。幼虫は1匹で2〜3個の種子を食べる。果実には6個の種子があるため、2匹以上になると食べ尽くされてしまうリスクが高まる。そこで、産みつけられた卵の数に応じて、雌花を間引く仕組みを進化させた。産みつけられた卵の数が増えるほど、多く間引かれる傾向にある」
――コミカンソウ科とハナホソガのほかには、どのような組み合わせがいますか。
「多くの種を含む植物群に限ると、食べ物としても身近なクワ科イチジク属、乾燥地に生えるリュウゼツラン科ユッカ属の2例だけだ。イチジク属は約700種がイチジクコバチ、ユッカ属は約40種がユッカガとの間で絶対送粉共生の関係にある。これだけ多様化したことを考えると、絶対送粉共生は地球上でも比較的成功した、優れた戦略であるといえる。絶対送粉共生は複雑な関係だが、花粉が無駄にならずに受粉効率が大幅に向上する」
――確実に子孫を残せるなら、すべての植物が絶対送粉共生になってしまいそうです。
「たしかに数世代単位の短い時間スケールでは、ハナホソガに花粉を託す適応は有利に働く。ただ、急激な環境変動が起きた場合を考えると、強すぎる絆は逆に仇になる。絶対送粉共生では、どちらも共生相手が1種しかいないため、一方が絶滅してしまうと、もう一方も道連れになる。現在の状況だけを見ていると、目の前の関係はとても安定しているように思えるが、数万年単位の長い時間スケールでは、数え切れないほどのペアが環境変動などで絶滅していると考えられる。強い相互依存は、もろ刃の剣にもなるというわけだ。今も新しいペアが現れては消えている最中なのかもしれない」
(聞き手は日経サイエンス編集部 遠藤智之)
詳細は8月23日発売の日経サイエンス2024年10月号に掲載
日経サイエンス2024年10月号(特集:昆虫 脅威の共生術/海底資源開発の現在地)- 著者 : 日経サイエンス編集部
- 発行 : 日経サイエンス
- 価格 : 1,576円(税込み)
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