「お疲れさまでした!」。そう言ってハイタッチを交わすのは、4月にNECに新卒で入社したばかりの新入社員と、同社の役員だ。
7月、NECが新入社員向けに実施した「リバースメンタリング研修」の一コマ。リバースメンタリングとは一般的に、若手が年配者の先生役となる教育支援制度を指し、IT(情報技術)スキルなどについて学ぶことが多い。ただ今回の取り組みは、若手に、自らの意見を幹部に直接伝えて受け入れられるという経験を積ませることで、社内文化を変革することを重視している点が特徴的だ。NECはデジタル人材育成サービスを手掛けるライフイズテック(東京・港)のプログラムを活用し、今回初めてこの研修を導入した。
研修の参加者は、総勢35人の役員と、手を挙げた35人の新入社員。5人ほどのグループに分かれ、プログラミング不要のノーコードツールなどを用いて、新たなアプリケーションを開発した。
あるグループでは、テキストチャットにおける「文末の句点が(ニュアンスが伝わりにくく)怖いと感じた」という新入社員の経験談から、文末に自動で顔文字が付くチャットアプリを提案。1時間半の活動の中では、パソコンのマウスを動かしながら「こうしたらもっと良くなるのでは」と話す新入社員や、「よく思いつくなあ」と感嘆する役員の声が飛び交った。参加者は色とりどりのTシャツをまとい、胸にはあだ名を書いたネームプレートを付け、雰囲気はさながら高校の文化祭準備のようだ。終始にぎやかで、和やかだった。
この取り組みの最大の狙いの1つは、新入社員に成功体験を積ませることだ。それは、NECが「挑戦できる場がある」企業だと体感してもらうことにつながるからだ。
NECでカルチャー改革エバンジェリストを務める森田健氏は、若い世代の傾向として「できる限り長く活躍してもらいたいが、社内に挑戦できる場がないと機会を社外に求めて出ていってしまう」と懸念する。特にデジタルトランスフォーメーション(DX)人材は、市場でも奪い合いだ。NECは19年から掲げるHR(ヒューマンリソース)方針の1つに、「多様な挑戦機会」を挙げている。
森田氏は、若い人材が配属後、社内の縦社会の中で埋もれてしまうことを「大企業あるある」として危惧する。新入社員も安心して意見を言いやすいような雰囲気や、能力を発揮する機会を提供することで、組織の求心力を高めていきたい考えだ。
実際に参加した新入社員のまんちゃん(あだ名)さんは「普段接する上司よりもさらに上の立場の方々がアイデアを褒めてくださったり、フランクに話し合ってくださったりして、意見しやすかった」と笑顔を見せた。
プログラムを提供する、ライフイズテック副社長最高執行責任者(COO)の小森勇太氏は「若い人材が、デジタルツールを通じて主役になる。それを、上の世代の人が承認する。そうしなければDXは進まない」と説く。
「成功体験」が若手育成の鍵に
新入社員の育成にあたっては、このような「意見を述べること」や「認められること」といった成功体験が、大きなキーワードになる。
組織開発などを手掛けるリクルートマネジメントソリューションズ(リクルートMS、東京・港)の新入社員を対象とした調査によると、「働きたい職場」の回答では「お互いに個性を尊重する」「お互いに助け合う」と並び、「遠慮をせずに意見を言い合える」が、ここ10年で10ポイント前後上昇した。「遠慮をせずに意見を言い合える」と答えた人の割合は、45.1%と過去最高だった。
そして、「上司に期待すること」についての回答では、「よいこと・よい仕事をほめる」が15ポイントと、大幅に上昇。さらに「相手の意見に耳を傾ける」と回答した人も過半となった。
同社の関根彩夏研究員は、これらの調査結果の背景として、近年の新入社員は「新型コロナウイルス禍が落ち着き、グループワークなど対面のコミュニケーションが増え、自分の意見を伝える経験を重ねてきているからではないか」と見る。そして、同氏は「組織づくりでは『仲が良い』というよりも『リスクを取った発言ができる』という点が重要だ」と指摘する。
では、実際に新入社員に対応する上司側はどのようにすればよいのか。関根氏は、「若手の発言を必ずしも受け入れなくてもよいが、一度受け止めてみることが大事だ」と説く。発言の背景を擦り合わせた上で、それに対してどのように考えたかを伝えることが、円滑なコミュニケーションにつながるという。
中には、「なぜこちらが若手の価値観にばかり寄り添わなければならないのか」と疑問を感じるベテランもいるかもしれない。ただ、「若い世代の価値観の変化は、時代の変化でもある」(関根氏)。社会全体の影響を最も反映しやすい若い世代の考え方をフックにすることで、他の世代も働きやすい時代に合った組織づくりが期待できるという。
若い世代の声に耳を傾けること自体が人材の定着を後押しし、ひいては組織全体の活性化をもたらすと言えそうだ。
(日経ビジネス 中西舞子)
[日経ビジネス電子版 2024年8月2日の記事を再構成]
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