ブラジル沖のイタチザメの体内から、携帯電話などの電子機器に含まれる金属が検出された。(PHOTOGRAPH BY JEFF ROTMAN / NPL / MINDEN PICTURES)

ブラジル南岸沖のイタチザメは、携帯電話や電気自動車などのテクノロジー機器に含まれる汚染物質を大量摂取している。こんな研究結果が2024年8月、学術誌「Environmental Pollution」に掲載された。論文の執筆者によれば、このような発見が発表されたのは今回が初めてだ。

これらの汚染物質には、私たちの世界を動かしているレアメタルが含まれている。国際的な規制当局がレアメタルの深海採掘にゴーサインを出すことを検討し、電子廃棄物の海洋への流入が増加している今、サメの体内からレアメタルが発見されたことは憂慮すべきことだ。

論文の執筆者の1人で、バハマのケープ・エルーセラ研究所でサメの研究保護プログラムを率いるナターシャ・ウォズニック氏は、環境中のレアメタルが増加していることに言及したうえで、「誰もこのことを話題にしていませんし、サメの健康にどのような影響を与えるかについては、まだ何もわかっていません」と語る。

ウォズニック氏は以前、ブラジル沖のサメの体内に含まれる重金属とコカインを分析している。ウォズニック氏らは次に、レアメタルをはじめとするテクノロジーに不可欠な物質が頂点捕食者の体内にどれくらい入り込んでいるかに興味を抱き、2021年と2022年にブラジル南部パラナ州沖で漁師が捕獲したイタチザメ12匹を分析した。

ウォズニック氏らはサメの脳と目、腎臓、えら、皮膚、歯、筋肉、心臓、肝臓を対象に、9種類のレアメタルとチタン、ルビジウムが含まれているかどうかを調べた。

レアメタルはユニークな特性を持ち、ハイテク機器の重要な材料となっている。「私たちが今使っているほぼすべての機器に、レアメタルが少なくとも1つは含まれています」とウォズニック氏は話す。また、ルビジウムは特定の医薬品に含まれており、チタンは医療、航空宇宙など、数多くの技術に使用されている。

これらの11元素はすべて、分析したイタチザメの部位すべてに含まれていた。

「使用が長期に及んでいるこれらの化学物質による汚染が、長生きする動物で見られるようになってきたのは、決して驚くべきことではありません」と米フロリダ国際大学の海洋生物学者であるマーク・ボンド氏は述べている。ボンド氏は今回の研究に参加していない。

サメはレアメタルをどのように摂取しているのか?

海洋環境のレアメタルに関するデータが少ないこと、イタチザメの動きが予測不可能なこともあり、これらの元素をどのように摂取しているかは謎のままだ。

サメには回遊性の種と同じ海域からあまり出ない種がいるが、イタチザメは両方の特性を持っている。生涯同じ海域にとどまる個体もいれば、突然大陸間を移動する個体もいる。

「ほかのサメのようなパターンがないため、イタチザメの研究は容易ではありません」とウォズニック氏は話す。

そのため、ブラジル南岸沖で捕獲されたイタチザメが、そこでレアメタルを摂取しているのか、それとも、パラナ州沖に来る前、別の場所でレアメタルを摂取したのかを判断するのは難しい。

いずれにせよ、イタチザメの体内から発見されたレアメタルについては、2つの人為的な供給源が考えられる。まず、内陸で採掘されたレアメタルが川から海に流れ込んでいるというものだ。確かにあり得るが、「この地域ではその可能性は低い」とウォズニック氏は考えている。それよりも、パラナ州の沿岸地域は人口が多く、野放し状態になっているテクノロジー機器の廃棄に関連している可能性のほうが高い。

イタチザメはえらから直接レアメタルを取り込んでいるか、汚染された獲物を大量に食べているのだろう。ウォズニック氏によれば、イタチザメはブーツやナンバープレート、タイヤなど、あらゆるものを食べることで知られている。廃棄された携帯電話など、レアメタルを含む機器も食べている可能性があるという。

最後に、レアメタルの一部は人の産業からもたらされたものでない可能性もある。レアメタルはもともと自然界に存在し、地殻に比較的多く含まれており、「水中に溶け出しただけかもしれない」と生物学者のマーク・アミヨ氏は述べている、アミヨ氏はカナダのモントリオール大学に所属し、カナダ政府の助成を受けて生態毒性学と地球変動の研究に取り組んでいる。今回の研究には参加していない。

レアメタルはサメにどのような影響を与えるのか?

これらの元素が野生生物に与える影響は、特にサメに関してはよくわかっていない。

アミヨ氏はカナダ北極圏の魚の体内から高濃度のレアメタルを発見した実績があり、サメにとっての致死量は今回検出された濃度よりはるかに高いと考えている。それでも、アミヨ氏は「データ不足」の汚染物質に関する今回のような研究を歓迎している。

「これらは本当に研究が必要な元素です。なぜならガイドラインが求められているからです」とアミヨ氏は話す。「これは文字通り、1つの空白を埋める研究です」

たとえこれらの元素がサメの命を奪わないとしても、ウォズニック氏とボンド氏は悪影響を心配している。ウォズニック氏によれば、特にチタンは肝臓に酸化ストレスを与える可能性があるという。サメがストレスに対処するためにエネルギーを使えば、狩猟や繁殖の能力に影響が出るかもしれない。

チタンについては、「ほかのレアメタルより理解が進んでいる」とボンド氏は述べている。チタンは腎臓や血液脳関門に「とても悪い影響」を与える可能性がある。ボンド氏によれば、血液から脳に酸素が供給されにくくなると、見当識障害などを引き起こし、狩猟の能力が低下する恐れがあるという。

チタンについてわかっていることは、悪いことばかりではない。今回の研究では、サメの歯に「極めて高濃度」のチタンが含まれていることがわかった。ただし、「これがチタンを除去する方法なのかもしれない」と、ウォズニック氏は考えている。サメはほかの動物より頻繁に歯が生え替わるからだ。

レアメタルの深海発掘がもたらすリスク

ブラジルではサメが食用になっており、子どもたちもしばしばサメを食べる。理論的には、これらのレアメタルが人の体内に入ることになる。「必須栄養素でない元素はすべて、人に害を及ぼす可能性があります」とウォズニック氏は話す。また、哺乳類は通常、魚類より脂肪が多く、人はサメよりレアメタルの毒性に敏感かもしれない。

今回の研究では、人が食べる可能性が最も高いイタチザメの筋肉からは、「人に害を及ぼすほど高濃度の元素は検出されていない」とアミヨ氏は考えている。ただし、レアメタルの鉱区から近い場所に暮らすサメの体内には、もっと高濃度の元素が含まれているかもしれない。「食用に問題が生じるとしたら、レアメタルの供給源が近い場合でしょう」

ウォズニック氏らは、サメなどの海洋生物が健康を維持できる元素の濃度に関する規制ガイドラインが存在しないことを懸念している。

レアメタルとそれを必要とするデバイスが浸透するにつれて、この問題はますます深刻になっていくだろう。ボンド氏もまた、海底に関する規則を制定する国際海底機構が現在、レアメタルの採掘を含む深海採掘の許可を検討していることを危惧している。

「自然保護活動家として、私たちはこの件に激しく抗議しています」とボンド氏は述べ、レアメタルの深海採掘はサメをはじめとする海洋生物の汚染問題を悪化させる恐れがあると警鐘を鳴らした。

文=Joshua Rapp Learn/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年8月16日公開)

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