「ニモ」のモデルとなったイースタンクラウンアネモネフィッシュ。映画公開のころは、クラウンアネモネフィッシュやオレンジクラウンフィッシュと呼ばれていた=オーストラリア・グレートバリアリーフで、三村政司撮影

 オーストラリアのグレートバリアリーフ(GBR)で暮らす、イースタンクラウンアネモネフィッシュを取り上げます。そう、2003年公開のディズニーのアニメ映画「ファインディング・ニモ」のモデル種です。いくつかの混乱と変遷を経て、これが現在のオーストラリアでの標準英名です。

 ニモはカクレクマノミじゃなかったっけ、というヒトも多いでしょう。奄美大島以南の南西諸島などで暮らすカクレクマノミを、「ニモ」と呼ぶダイバーやアクアリウム愛好家も少なくありません。でも実はよく似た別種です。

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 日本魚類学会の標準和名検討委員長で、魚の種類や分類に詳しい瀬能宏博士に聞くと「ニモとカクレクマノミは分類学的には別種として扱われています。背ビレの棘(きょく)の数や長さのほか歯の形態にも違いがあり、500万年以上前に分化しました。映画の英語版でも、ニモはクラウンアネモネフィッシュ(注、公開当時の名称)と名乗っていますね」という。

 500万年前だと人類史では、およそアウストラロピテクスのころ。我々ホモ・サピエンスが登場するはるか以前に分化していたのです。

 国内にニモはいないし、ニモが暮らすGBRにもカクレクマノミはいないのです。

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 「ファインディング・ニモ」は、子ども向けのファンタジーアニメです。子どもだけでなく、多くのヒトの海への関心を高めた「功労者」でもあります。事実とは違う、と指摘するのは「無粋」ですね。でも「知ることでより楽しめるのではないか」とうんちくを続けることにします。

 映画の日本語吹き替え版に「カクレクマノミは冗談が得意」というセリフがあります。これは日本人にはわかりづらい。原因は「ニモ=カクレクマノミ」としてしまったため。英語名に含まれる「クラウン」は道化師のこと。英語のダジャレなのです。

 ニモのお母さん「コーラル」はオニカマスに食べられ、お父さんの「マーリン」がニモを捜すお話なのはご存じの通り。でも現実のクマノミ界では、イソギンチャクと共生して暮らす数匹の群れ「コロニー」で最大のメスがいなくなると、2番目の大きさのオスがメスに性転換します。マーリンはお母さんになるので、変な話になってしまいますね。

 親子が一緒に暮らすこともありません。子どもは卵からふ化するとそのまま流され、成長して別のイソギンチャクに定着します。ふ化直後の数ミリという大きさだと、守ってくれるはずのイソギンチャクに捕食されたり、親にすら食べられたりする可能性があるのです。コロニー内のチビちゃんたちと、大きな雌雄ペアに血縁関係はありません。

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 さて残念なことに、ニモ人気のせいでニモではないのに、カクレクマノミが密漁され続けています。沖縄周辺のカクレクマノミは、サンゴ礁が作り出す潮だまりのような浅い海でも暮らしています。アクセスしやすいため、イソギンチャクごとコロニーの住民をごっそり持ち去られることすらあるのです。

 ダイビングをせずともこういった場所で自然観察できることこそ、子どもたちの楽しみや知識欲を満たすことのはずなのに。

 カクレクマノミはニモじゃないよ、と伝えることも必要ですね。(オーストラリア・グレートバリアリーフで撮影)【三村政司】

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