電気自動車(EV)の中古車を巡って、国内で流通市場を立ち上げる動きが出始めた。中古EVは買い取り価格がガソリン車より低くなり、需要が根強い海外に大半が買われている。EVに搭載された大型電池は資源としての価値もあり、国外流出が問題視されている。
「中古EVは人気がない。下取り価格はガソリン車より3割ほど安くなってしまう」。中古車オークション運営を手掛けるオークネットの大畑智常務はこう話す。国内で中古EVとして出回る車種は、多くが日産自動車が2010年に販売を始めた「リーフ」だ。
リーフの場合、一般的に3年が経過すると車の価値(残存価格)は新車の5割、7年で2割超まで下がる。これに対し、状態がいいハイブリッド車(HV)は3年で7割の残価がある。大畑氏は「EVは中古バッテリーの価値が読めず、中古車を売買するという習慣がない」と価格が低い理由について指摘する。
中古車業界の関係者によると、中古EVは8〜9割が海外に輸出されているのが現状だ。国内ではEVに高い残価が付かず、これまで輸出に回されてきた。輸出業者の購買力が高く、国内販売店やリユース関連の事業者が買い負けている面もある。
では、中古EVはどこに流れているのか。2024年1〜9月の財務省貿易統計を見ると、輸出先で多い国は韓国(2000台)、トリニダード・トバゴ(1626台)、ニュージーランド(1332台)と続く。だが、これには裏がある。
中古車流通に詳しい自動車流通市場研究所(栃木県小山市)の中尾聡理事長は、「どのようなルートか不明だが、登録車数や中古車販売サイトを見る限り、中古EVは韓国や中東を経由してロシアに入っているようだ」と明かす。
EVに限らず、日本の中古車はロシアで人気を博してきた。ロシアによる22年のウクライナ侵略で欧州や日本の自動車メーカーが撤退したことで、ロシア国内では中古車の需要が高まっている。品質が高く新車に近い状態である日本の中古車は特に人気が根強い。経済制裁として高級車の輸出禁止措置を取っていた日本は、23年8月にEVも対象に含めた。
23年の7000台超を最後に、禁輸措置でロシアへの中古EV輸出は統計上ゼロとなった。だが、実質的な購買意欲は衰えていないようだ。寒冷地でのEVは電池性能が低下するとされているが、「ガソリン価格が高いロシアでは、セカンドカーとして人気。リーフを自宅で給電して使っている」(中尾氏)という。
海外で高く売れる中古EVだが、日本にとっては課題もはらむ。EVの動力源となるリチウムイオン電池には、コバルトやニッケルなどのレアメタル(希少金属)が大量に使われている。中国などからの輸入に頼るレアメタルは、世界で争奪戦が激しい。中古EVの8割超が輸出されていることで、重要資源の海外流出につながっているのだ。
対策として、中古電池を国内にとどめて循環させる取り組みも始まった。経済産業省は8月、経済安全保障の観点からEV電池の再利用を促す補助事業を採択した。トヨタ自動車の電池生産子会社などに対し、電池の性能を保証して流通を促す事業を支援する。
カギとなるのが、中古電池の診断技術だ。電池の劣化具合を正確に評価できれば、中古EV価格の査定もしやすい。中古EVが適正価格で取引される市場を国内につくるため、各社が技術開発を進めている。オークネットは8月、中古EV電池の性能保証サービスを2024年内に始めると発表した。
提携先のMIRAI-LABO(東京都八王子市)が、5分以内の短時間で診断する技術を開発した。EVを使用しているリース会社などから依頼を受け、EV電池の劣化診断を行う。電池にグレード評価や保証をつけた上で、蓄電池や街路灯として再利用したい事業者や自治体が購入しやすいよう流通の場をつくる。まずは車から取り出した電池の再利用を想定するが、EV電池の診断技術の実用化も目指す。
産官学での連携も進む。日本総合研究所や環境省など関係省庁、NTTドコモなど21社・団体は10月に「EV電池スマートユース協議会」を立ち上げた。EVや電池を活用している事業者を中心に、再利用につなげるための規格化や標準化を目指す。参画企業の中で例えば、関西電力や計測機器メーカーのHIOKIが電池の診断技術を担う。
日本総研によると、EV電池のサーキュラーエコノミー(循環経済)の国内の市場規模は30年までには6000億円、50年までに8兆円規模になると予測される。足元でEVの需要は鈍化しているが、長期的にはEVは普及が進んで生産も回復するとの見通しだ。
日本総研の木通秀樹シニアスペシャリストは「品質がばらつく中古品を使うことに抵抗があるなか、ユーザーが納得して利用できる仕組みが必要」と強調した。流通を促す市場を確立し、「(中古EVの8割が海外流出しているという)流出の現状を将来的に5割まで下げたい」とした。
欧州連合(EU)では域内で電池材料を再利用するため「電池パスポート」と呼ぶ仕組みを26年から導入する。電池の状態や生産地などの情報をデジタルデータとして記録・管理する仕組みで、日産やホンダなども参画する。こうした標準づくりに加え、日本国内でも輸出用に買い負けない流通の仕組みづくりが欠かせない。
日本では新車販売に占めるEV比率は2%を下回り、欧米や中国と比べて普及が進んでいない。ガソリン車と同じように中古EVも残価が保証されれば、新車のEV販売増の一助にもなる。伊藤忠総研の深尾三四郎エグゼクティブ・フェローは「日本の自動車メーカーは中古車マネジメントがもともと得意。EVでも値崩れしない健全な市場をつくることで、新車EVの競争力を高めることができる」と指摘する。
電動化を見据えて早急に中古EVが循環する仕組みを整える必要があるが、国内での市場づくりは始まったばかり。同様の取り組みや実証実験は複数あり、足並みはまだそろっていない。強力なリーダーシップを取る存在や、一丸となって進める体制が不可欠となっている。
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2024年10月30日の記事を再構成]
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